第24話 賑やかな夕食

     ※


 居間に足を運ぶと、机には豪華なお寿司が並んでいた。


(……てか、量多すぎだろっ!?)


 大きいサイズの寿司桶が三個って、俺たちだけで食べられる量なのだろうか?


「え……!? こんなに頼んだの?」


「うん。

 優雅くん、男の子だからこれくらい食べるでしょ?」


 食べないほうではないと思うけど……とは言えない。

 これは、天動監督のおもてなしの心だ。

 それにあの天才アニメーター天動新と食事できるなんて、世界中のアニメファン歓喜のシチュエーションだぞ。

 ここでお残しなんてしたら、俺はオタク失格だ。


「皆好くん、あまり無理はしなくても……」


「いや、描世さん……俺は食べるよ、食べてみせるよ!」


「……皆好くん、なんか変に意気込んでない?」


「よく言ったよ! 優雅く~ん! それでこそボクの見込んだ男の子だ!

 じゃあ~座って座って~!」


 促され、描世さんは天動監督と向き合うように座る。

 俺は描世さんの隣に座った。


「「「いただきます」」」


 三人で手を合わせて、寿司パーティーが始まった。


「あぁ~~~~~この一杯の為に生きてる~~~!」


 天動監督が一気にビールを煽る。

 ごくごくと、コップに注がれた麦色の飲み物が減っていく。


「天動監督って、結構飲むほうなんですか?」


「……たまに、くらい?」


「そうだね。

 好きだけど、いつも仕事してるからなあ」


 アニメーターと言えば、世間的にもブラックな印象があるだろう。

 フリーランスという保障のない立場。 

 社員でない為、月収も出ない。

 どれだけ描けるか、自分の実力が命綱だ。

 そんな中でも未払い、会社の倒産なども珍しくはない。

 実力だけじゃなく、運もなければ生き残れない。


(……とはいえ、天動監督ほどの実力と知名度のあるアニメーターともなると、それなりの収入はあるだろう)


 実際、この豪華な寿司だ。


「優雅くん、どしたの? 早く食べて食べて」


「はい。いただきます」


 監督に促されて、まぐろを一貫いただく。


「――うまっ!?」


「ほんと? よかった。

 優雅くんが気に入ってくれて」


「いや、マジで美味しいです!」


 天動監督が、子供みたいに無邪気な顔を俺に向ける。

 こうやって親しく話し掛けられると、友人と一緒にいるように錯覚してしまう。

 年上のはずだがかなり童顔なので、俺たちよりも若く見えるくらいだ。


「私と二人の時は、こんなの滅多に頼まないのにね」


「絵真ちゃんが欲しいって言うなら、いつでも頼むよ?

 でも、声掛けてもずっと絵を描いてるじゃん」


「そ、それは、そう……ね」


 少し気まずそうな描世さん。

 この二人の場合は、お互いが自由に過ごす感じのほうが合っているのだろう。


「それに~美味しいものはたま~に食べるからいいんだよ!

 お祝いって感じ、するでしょ?

 ね、優雅くん?」


「すごくわかりますけど……そんなお祝いするほどのこと、あったんですか?」


「優雅くん……キミはわかってないんだよ!」


 俺が尋ねると、大動監督は持っていたグラスを少し強めに机に置いた。

 

「今起こってることは、超~~~~大事件! だってあの絵真ちゃん、お友達――それも男の子を連れてきたんだよ?」


 これがどれだけ異常事態なのかを、監督が捲し立てて説明する。


「そんなことで大事件にしないで! 流石に失礼すぎるでしょ!」


「大事件じゃなくて超大事件! てか、二人はお友達でいいんだよね? まさか恋人とか!?」


 恋人――という言葉に、俺と描世さんは互いに目を合わせる。

 どう答えるべき、だろうか?

 いや、普通に友達と言えばいいはずなのに、何故か俺たちは互いに言葉を止める。


「……あれ? もしかして本当に付き合ってるの?」


「ち、違うわよ。

 友達だけど……なんというか……」


「そうだな。

 強いて友達以外の言葉で言うなら……」


 友達――なのは間違いない。

 だけど、俺も描世さんも、きっとその言葉に違和感を持っている。

 俺の一方的な想いなら、描世さんは人生掛けて推したいクリエイターだ。

 でも、お互いの関係を強いて表現するなら、


「……同志、とか?」


「あ~……うん、そんな感じね」


 さっきよりはしっくりする。

 それは描世さんも同じだったようだ。


「そっか……二人とも、クリエイターだもんね。

 しかも同級生! そっか、同志! いいね、そういう関係性! なんか青春って感じもするし!」


 監督も納得がいったという感じで、うんうんと満足そうに頷いていた。

 そして、


「でも優雅くんが絵真ちゃんの同級生かぁ……。

 そうじゃなかったらボク、本気で恋人に立候補しちゃったのになぁ」


「はっ!? な、なに言ってるのよ!」


 ただの冗談だと思うが、描世さんは困惑していた。

 保護者でもある女性が同級生に恋人に立候補などと言ったら当然か。


「だって~、ワーズの――優雅くんのファンだったし。

 こんな風に出会えるのって奇跡かなって」


 運命とか奇跡とか、天動監督は意外とロマンチストのようだ。


「……新さんって、男性に興味あったのね」


 しみじみと言う描世さん。

 本当に意外だったという気持ちが伝わってくる口振りだ。


「ボクのこと、なんだと思ってたの?」


「……創作が恋人の創作狂い、とか?」


「それ、絵真ちゃんにだけは言われたくないかな」


 俺もそれに関しては、天動監督に同意だった。


「まぁ~でも、絵真ちゃんもワーズの動画を見るとわかると思うよ。

 優雅くんの魅力」


「……私も、ちょっと見たから」


「見てくれたのか?」


「ん。……気になった、から」


 あぁ……まぁ、いきなり告白紛いのことをした男が、一体何者なのかは気になるよな。 あの出会いに関しては、思い出すだけで今も羞恥心が蘇る。

 が……印象に残ってくれたからこそ、今日という日があったと思っておこう。


「優雅くん、カッコよかったでしょ?

 それに……すっごくエンターテイナーなの」


「……確かに、自然と見ちゃうっていうか、不思議な魅力はあったと思う」


 思いもよらない高評価で、ちょっと気持ちが昂ってくる。 


「二人にそう言って貰えるのは光栄だけど……」


 同時に恐縮してしまう。

 俺とは比べ物にならないほどすごい才能を持った二人だ。

 勿論、天才同時に褒めらるのは、本当に嬉しいが。


「謙遜しなくてもいいのに。

 実際、優雅くんは人を楽しませる空気を持ってると思うよ」


「空気……ですか?」


「うん。

 そういうのって努力じゃどうにもならない才能だから、自分じゃわからないかもだけど……きっと優雅くんはこれから、もっと面白い物を作ってくれると思うな」


 過大評価――ではあるが、今はそれを素直に受け止めておこう。

 いつか、天動監督がそう言ってくれた言葉の真価を証明する為にも。


「あ~……それはわかるかも。

 あなたって、とても話しやすいもの。

 会って間もないのに、自然となんでも話しちゃう」


 続けて描世さんが言った。

 勢いで話しているところがあるから、周りがそれに押されているだけのような?


「絵真ちゃんにそう思わせるのは本気ですごいよ!

 優雅くんには絵真ちゃんマスター称号をあげたいくらいだよ!」


「勝手にそんなもの上げないで」


「貰うと何か効果がありますか?」


「絵真ちゃんが、どんなことでも言うことを聞いてくれる、とか?」


 それは……正直、ちょっとほしいな。

 口には出さないが。


「あなたも、ちょっと欲しいみたいな顔してないで!」


 すかさず突っ込む描世さん。

 なんでバレた!?

 いや、口には出してないからセーフだ。


「今日は優雅くんがいるから、絵真ちゃんのからかいがいがあるなぁ~!

 たま~に帰ってきて声掛けても、全然相手にしてくれないから」


「はいはい。

 これからは気を付けますから……とにかく今は落ち着いて食べさせて」


「そうだね。

 私もなんだか今日はもっと飲みたい気分……」


 気分が良さそうに言いながら、天動監督はビールを美味しそうに飲むのだった。

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