第22話 誇れる自分でいる為に

     ※


 誤解が広がっていく前に、俺たちは天動監督に簡単に事情を説明した。


「へぇ~同じ高校のクラスメイトに……優雅くんと、絵真ちゃんがねぇ。

 ちょっと、不思議な縁があるのかな?」


 愛想のいい笑みを浮かべながら、天動監督は交互に俺たちを見る。


「私は新さんが皆好くんを知ってることにびっくりよ」


「知ってるも何も大ファンだもん!

 ワーズの優雅くん――あ~、やっぱり顔面が強すぎるよ~!」


 褒めてもらえるのは光栄だが、対面だと流石に照れる。

 というか、まだ大切なことを聞けていない。


「あの……俺からも質問したいんですが……お二人はどういう?」


「……私の保護者なの」


「え!? あの天動監督が……描世さんの!?」


 母親……ってわけじゃないよな?

 年齢的にはそれは有りえない。


「一応説明しておくけど、血縁関係はないよ。

 でも、お姉ちゃんみたいなものかな……絵真ちゃんが小さい頃から知ってるから」


 天動監督に「ね?」と尋ねられると、描世さんは顔を背けた。

 多分、照れているんだと思う。

 二人きりだと思っていたところに、いきなり姉替わりの保護者が登場したら、少し気まずいのは納得だ。


(……しかし姉替わり、か)


 天才アニメーター天動新と、俺の推しが家族も同然の関係。

 だとすると、描世さんが異常なほど上手いのも納得がいく。


「もしかして監督は、描世さんの絵の師匠みたいなものなんですか?」


「あ~違う違う。

 絵真ちゃんの師匠――というか、目標にしてる人は、ボクよりももっと上手な人だから」


「天動監督よりですか?」


「ボクなんてまだまだペーペーだよ。

 ボクの師匠――っていうのも一方的に言ってるだけなんだけど、尊敬してる、お世話になったアニメーターさんの娘さんが絵真ちゃん」


 天才が尊敬するアニメーターの娘が――描世さん?

 なら、その大天才みたいなアニメーターさんは誰なんだ。 

 描世という苗字のアニメーターは聞いたことがない。

 有名なクリエイターなら流石に名前くらいは聞いたことがあると思うのだが。

 俺は描世さんに視線を向ける。


「……新さん、もういいでしょ?」


 素っ気ない態度で、監督を部屋から追い出そうとする。

 これ以上は余計な話をされたくないのかもしれない。

 

「え~でもボク……優雅くんともっとおしゃべりしたいなぁ」


 そんなことを言って、天動監督は俺の腕に胸を押し当ててきた。

 柔らかい感触に思わず一歩引いてしまう。

 すると彼女はニヤっと笑って、からかうみたいに身を寄せてきた。


「あ、新さん! 何してるんですか!」


「あれ~? 絵真ちゃん、もしかして嫉妬してるの?」


「ち、違うから!

 私の保護者として、そういう態度はどうなのかって言ってるの!」


「そんなにムキになるのが怪しい。

 やっぱり優雅くんのこと、気になってるんでしょ?

 絵真ちゃんが、男の子を家に連れてきたのなんて初めてだもんね」


 誰が見てもはっきりわかるくらい、描世さんの顔は真っ赤になっていた。


「と、とにかくもう行って! はい、バイバイ! さようなら!」


 描世さんは天動監督の背を押して、無理やり扉の方へ向かわせていく。


「あ~ん! もう少し話したい~!

 学校での絵真ちゃんの事とか聞かせてほし……ぁ……もう!

 わかった、わかったから、そんな押さないでよ。――優雅くんまたあとでね」


 俺たちにとって予想外の住人は、部屋の主によって強制退去させられるのだった。

 そして描世さんは念の為、鍵まで締めていた。

 静寂を取り戻した部屋で、描世さんがほっと一息吐く。


「……大丈夫か?」


「ぁ……ごめん。

 驚いたよね……新さん、ああいう人だから……子供っぽいというか、欲求に全力というか」


 描世さんは少し辟易したような、困ったような顔を俺に向けた。


「まぁ……クリエイターらしい人だよな」


 いい意味で純粋さを忘れないからこそ、老若男女を楽しませるものが作れるのだと俺は思う。


「でも本当に驚いたよ。

 まさか、描世さんが天動監督と住んでるなんて」


「私も驚いたわよ。

 まさか、二人が知り合いだなんて思わなかった」


「昨日、雑誌の撮影とインタビューがあって出版社に行ったんだ。

 その時に偶然な」


「……新さんなら出版社にいてもおかしくないわね。

 原作付きの新しいアニメ監督の仕事があるのかも」


「あまり作品の話はしないのか?」


「全然」


「あ~あれか。

 守秘義務とかもあるから?」


「それもあるかもだけど……。

 新さん、仕事が忙しいのか家に帰ってこない時も多いのよね。

 自由人だし、放任主義というか。

 どうしても必要なことがあったら、トークで連絡してる」


 なんだか意外だ。

 二人はすごく仲が良さそうに見えたから。

 それに、天動監督は描世さんのことを色々と気にしているようだった。

 保護者としての義務はあるのだろうけど、間違いなく確かな愛情を感じた。


「私たちは互いにクリエイターだから、それでいいの」


「クリエイター……だから?」


「そう。

 使える時間も、感情も全部――作品に注ぎ込むの。

 自分が見たい世界の為に」


 描世さんのクリエイターとしての言葉には、いつも嘘偽りがない。

 常に本気で全力で、だからこそ俺は彼女に惹きつけられてしまう。

 どうしようもないくらいに。


(……こんな風に、なれたら)


 憧れのような感情が止まらない。

 彼女は俺の、なりたかった理想そのものだから。


「描世さんは……ほんと、カッコいいな」


 作品を創み出すには多くの時間が掛かる。

 だからこそ、クリエイターはそれでいいんだ。

 そして、俺はそんな描世さんを応援したい。


「……? カッコいいことなんて、何も言ってないけど?」


 描世さんにとっては、当たり前のことしか言っていないのだろう。

 それはきっと、常に真っ直ぐに自分の想いと向き合ってきた証明だ。


(……やっぱり、カッコいいよ)


 少しずつでも俺も、なりたい自分を目指していこう。

 描世さんの隣にいても、恥ずかしくない――いや、誇れる自分でいる為に。

 そんな決意を俺は改めてするのだった。

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