第14話 仕事と、謎の少女

     ※


 パシャ! パシャ! 

 たった一枚の写真の為に、何度も繰り返し写真を撮られる。

 カメラマンは流暢で巧みな言葉を使い、俺たちモデルをのせていく。


「もっと近付いてみようか」


 身体と顔を寄せ合い、互いの視線はカメラに向ける。

 そこに一切の照れなどなく。

 舞花はプロとして俺を引っ張り続けてくれた。

 そして、表紙と雑誌のインタビューに使う写真も数枚撮り終えて、撮影は滞りなく終わりを迎えた。


「よかったよ~二人とも!

 舞花ちゃんもいつよりも自然な感じがよかったね。

 優雅くんとだからかな?」


「なんでそうなるんですか!

 優雅だって幼馴染と写真なんて、やりづらかったでしょ?」


「いや……俺はやりやすかったけどな。

 舞花とじゃなかったら、もっと時間かかってたと思う」


「そ、そう、なんだ」


 先程までのプロの顔は消えて。

 今はいつもの幼馴染の顔に戻っていた。


「ははっ、舞花ちゃんは自然体のほうが可愛らしいね」


「な、なに言ってるんですか、もう!」


 頬を桜色に染める舞花。

 現場に軽く笑いが生まれる。


「ちょっとあんた、うちの子たちをからかわないでよね」


 俺たちの仕事ぶりを見ていた香苗さんが、カメラマンに突っ込みを入れた。


「あ~いや、ごめんて香苗さん。

 普段は見れない舞花ちゃんの一面を見れて、ほっこりしちゃったのよ。

 ほんと、若いっていいね~」


「それには同意。

 青春時代に戻りたいわ」


 どうやら二人は知り合いらしい。

 互いにうんうんと頷き合っていた。

 もしかしたら、過去の思い出を振り返っているのかもしれない。

 二人が話している間に、俺たちは次の仕事場へ向かう準備を済ませる。


「香苗さん、次はインタビューなんですよね?」


「あ~そうそう。

 準備できたら、移動しましょ」


 時間通りに撮影を終えて、俺たちは次の仕事へと移った。

 今日撮影した写真と共に雑誌には俺たちのインタビューが掲載されるらしい。

 ティーン向けの同世代をターゲットにした雑誌で、高校入学したばかりの俺たちの心境であったり、今後の目標などを話す感じのようだ。


     ※


 スタジオから車で少し移動すると、目的地の『読映社』に到着した。

 読映社は漫画や小説などのエンタメ系を中心に業界トップ3に君臨する大手出版社だ。


「受付でアポの確認してくるから、その辺りで待ってて」


 言って、香苗さんは受付に向かう。

 俺たちは来客用の椅子に座って待つことにした。


(……あ……レッドスノーのポスターだ)


 目に入ったのは、今期の覇権と言われる作品。

 そのアニメ版ポスターだった。


(……そっか。原作コミックはこの出版社からだもんな)


 俺も動画配信サイトで視聴したが、期待に違わぬ完成度だった。

 原作ファンも納得のクオリティを維持できるのは、神アニメーターたちの努力の賜物だろう。


(……監督は天動 新(てんどうあらた)だったよな)


 新進気鋭の天才アニメーター。

 神アニメ連発で知られるデスティニースタジオ――通称Dスタに置いて、僅か20歳でのアニメ監督抜擢は、異例中の異例だったろう。

 優れた演出家で有ると同時に、時代のニーズを読み取る力に長けている生粋のエンターテイナー。

 ネットでは、これからのアニメ業界を支える逸材なんて言われていた。

 その天動 新の第二作目の監督作として、ホワイトスノーは大きな話題をさらったというわけだ。


「あの~……」


 声を掛けられて俺は顔を上げる。

 いつの間にか小柄な少女が立っていた。


「もしかして、ワーズの優雅くん……?」


「あ、はい」


 反射的に返事をすると、その少女が俺の隣に腰を下ろして身を寄せてくる。

 俺は思わず立ち上がり少女から身を離した。

 すると少女も立ち上がり、再び俺にくっ付いてくる。


「本物!? すごい! なんで出版社にいるの?」


 少女の両手が俺の右手を握った。

 そして、嬉しそうにぶんぶんと縦に揺さぶる。

 街を歩いていて声を掛けられることはよくあるが、ここまで遠慮のない対応をされるのは初めてだ。


「あ、あなた、急になに!? いきなり現れて馴れ馴れしいんだけど?」


 舞花が動揺しながらも、俺たちの間に割って入る。


「は? キミこそ何?」


 謎の少女になぜか強気な態度で迫られて、舞花は一歩後ずさる。


「わ、私は……優雅の幼馴染ですけど?」


 だが対抗心を見せるように、少女に負けじと一歩踏み出した。

 身体がぶつかりそうな距離で睨み合っている。


「幼馴染~? へぇ、負けヒロインだね」


「負け? 意味わかんないんだけど!」


 舞花には悪いが、思わず笑いそうになった。

 負けヒロインなんてワードが出てくるってことは、この子もサブカル好きだろうか?


「おっぱいも小さいし」


「なぁ!?」


「優雅くんは大きいほうが好きだよね?」


「そうなの!?」


 二人の視線が俺に向く。


「……振らないでくれ」


 どう答えても自爆しそうなので、返事は控える。

 そんな俺の様子を見て、少女は楽しそうに口元を緩めた。

 そして、軽いフットワークで舞花をくるっと躱して、少女は再び俺に迫る。


「ねえ……優雅くん。

 ボク、キミのファンなんだ。

 だから……今度はどこか二人きりになれる場所で、一緒にお話し、したいな」


 背伸びして耳元で囁く。


「――ちょっと! 何、遊んでるんですか!

 もう打ち合わせ始まってますから!」


 編集者らしき女性が、大慌てで駆け寄ってきた。


「あ~、みーちゃん。

 打ち合わせどころじゃないんだよ!

 ワーズの優雅くんがいたんだから!

 こんなところで会えちゃうとか、ボク……胸のドキドキが止まらないよ」


「そんなことよりも、打ち合わせ!

 先生をお待たせしてるんですよ!!」


「わかってる。

 でもその前に、優雅くん、これ」


 差し出されたのは名刺だった。

 勢いのままに受け取ってしまう。


「じゃね」


「早く行きますよ!!」


「は~い。

 インスピレーションが刺激されちゃったから、今なら見たこともない何か――創造できちゃうかも」


 まるで台風のように、少女たちは去って行った。

 渡された名刺を確認すると、


「……は!?」


 天動 新てんどう あらた――新進気鋭の天才アニメ監督の名が、その紙に書かれていた。


(……うっそお!?)


 今の子が天動監督!?

 年下の女の子にしか見えなかった。

 てか、あの天才アニメーターが俺のファン!?

 ワーズの動画、見てくれてるの?


「なんだったの今の子……」


「思ってたよりも、大物だったぞ」


「……大物?」


 アニメのことなど知らない舞花が、不思議そうに首を傾げた。

 余計な発言だったかもしれない。

 何か追求があったらどうしようかと考えていると、


「二人ともお待たせ、確認取れたわよ。

 編集者さん、直ぐに来るって」


 受付で話していた香苗さんが戻ってきた。

 それから五分も待つことなく、担当の編集者がやってきた。

 向かったのは出版社内のカフェテラスだ。

 ウッドスペースの落ち着いた色合い。

 広々として開放感。

 撮影をしても全く違和感がないほど、おしゃれな空間だと感じる。


「では早速、インタビューを始めさせていただこうと思います」


 録音機器を置いて編集者が話し始めた。

 何度かこういう機会があったが、会話を録音されるというのはちょっと違和感がある。

(……余計なこと言わないように気を付けないとな)


 とはいえ、インタビューの内容は事前に確認している。

 俺と舞花は決めていた答えを返事として伝えて、滞りなく本日の仕事は終わった。

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