第13話 夢

     ※


 授業も終わって放課後。


「二人はこのあと、予定ってあるん?

 またみんなで遊び行かん?」


 クラスメイトに遊びに誘われた。

 だが、


「あ~ごめんね。

 今日は私たち、撮影が入ってて……」


「悪いな。

 今度、時間が作れそうならこっちが誘わせてくれ」


 今回は断ることになった。 


「撮影~! すごっ! 舞花ちゃんって、人気モデルだもんね!」


「しかも優雅くんも一緒なの!? その雑誌絶対買うから!」


 クラスメイトに撮影があると伝えると、ちょっとした騒ぎになった。

 逃げるように教室を出て校庭へ向かうと、ちょうど迎えの車が到着した。

 俺たちの姿を見せると、車の窓が開く。


「お待たせ~。時間ぴったりでしょ?」


 窓から顔を見せた舞花のマネージャーの三橋香苗みはしかなえさんだ。

 子役時代から舞花の面倒を見てくれている関係で、俺とも昔から付き合いがある。

 だから、香苗さんは俺たちにとって姉のような存在だった。


「今日は優雅くんも一緒なのよね。

 早く乗って乗って」


 後部座席に二人で乗ると、直ぐに車は発進した。


「舞花はいつも顔を合わせてるけど、優雅くんは久しぶりね」


「受験でバタバタしてたましたからね。

 こういう仕事も、すごい久しぶりですよ」


「そんなこと言って、依頼は結構来てるんでしょ?」


 尋ねる舞花に、俺は「まぁ」と曖昧な感じで頷く。

 実際、俺個人にもモデルとしての仕事のオファーはあった。

 だけど俺にとっては、そこまで楽しいと思える仕事ではなかった。

 なので、基本的には雑誌の依頼などは断っている。


「依頼、受けてくれてありがとね。

 舞花がさ、どうしても優雅くんと一緒がいいって言うから」


「は、はぁ!? 言ってないっての!

 私と優雅の二人を、表紙で使いたいって話があったからでしょ!」


「ま、その方が舞花の顔も売れるからね」


 香苗さんはマネージャーとして、舞花をもっと売り込みたいのだろう。

 俺も今回は舞花からの誘いだったからというのが、依頼を受けた理由だった。


「舞花はもう十分、有名じゃないですか」


「そうなんだけど……もっと上にいけると思うのよね」


 本人がそれを望めば……と、言いたいのだろうか?

 舞花は親の影響で、こういった世界に入った。

 本人も、お芝居だったりモデルの仕事は嫌いではなかったのだと思う。


「なあ、舞花……」


 ふと、聞きたくなった。

 昼休みに猫世とした会話が、関係していたのかもしれない。


「うん?」


「夢って、ある?」


「……え? きゅ、急に何よ?」


「いや、ちょっと気になってさ。

 このままモデルとか、女優の仕事、続けていくのか?」


「……目標って意味なら、そういうのも考えなくはないけど……。

 夢なら、別にあるわよ」


「それは?」


「……お嫁、さん」


 少しだけ俺に身を寄せて。

 消え入りそうな声で、舞花は言った。

 真っ赤な顔。

 目はしっかりと俺を見つめている。


「っ……」


 意外な回答で言葉に詰まる。

 だが、納得もいった。

 今でこそ舞花は大人びた容姿から、自立した印象を持たれることも多いだろう。

 仕事柄、見られることを意識しているから、常に自分を演じているところもあるように思う。

 でも、小学生の頃は夢見がちな女の子だった。

 一人娘なので、とにかく愛されて、お姫様のように育てられてきたのが関係しているかもしれない。

 身近な相手に対しては、少し甘えん坊なところがあって、我儘で。

 やはりその本質的な部分は、子供の頃から変わっていない。


「叶うと、思う?」


「舞花の夢なら叶ってほしい。

 でも、まずは相手を見つけてからだろ?」


「……優雅は――」


「ぷっ、あはっ、あははははっ!

 も~う舞花ってば、ほんと乙女ね」


 堪えきれないとばかりに溢れた、香苗さんが噴き出した。

 舞花の声は俺には届かなかった。

 でも、僅かに聞こえたのは『叶えて』という言葉。


「ぅぅぅ……き、聞き耳立てないでよ!」


「気になるんだから、仕方ないじゃない。

 でも、なんというか、若いっていいわね~~~」


 香苗さんは運転しながらも、楽しそうだ。

 からかうというよりも、微笑ましいというか、羨ましいという感じなのだろう。


「でも、女の子の夢の一つは……今の時代もお嫁さんなのかもね。

 あたしも、全力で養ってくれる彼氏が欲しいわ~」


 香苗さん、それはATMという彼氏が欲しいだけなんじゃ?

 とは、口にしないでおこう。


「はぁ……香苗さんったら」


 溜息を付きながら、舞花は窓の方に顔を向ける。


「……ねえ、優雅。

 なんで急に夢の話なんて?」


「ああ……なんとなく、かな」


 誤魔化すようなことを言ってしまったけど。

 多分、描世さんと話して、夢や目標――自身の将来を意識したからだろう。


「……じゃあさ。

 優雅の夢は、なに?」


 窓を見つめながら呟く舞花の言葉に心臓が跳ねる。

 俺の夢は――。

 ぼんやりと夢が描かれている。

 でも、それを今直ぐに形にすることはできない。


「まだはっきりとは言えないけど……もう少しで、見つかるかもしれない」


「……ならその時は、優雅の夢……私にも教えてね」


 僅かな逡巡の後、


「……ああ」


 返事をした。

 でも……その夢がはっきりと見えた時、俺は舞花に伝えられるだろうか。

 自分の想いを一切偽ることなく。


「さ、着いたわよ~お二人さん。

 ここからはプロとして、バッチリお仕事よろしくお願いしま~す」


 車が止まり、ドアが開いた。

 思考を切り替える。


「行こう」


「うん」


 今は仕事に集中する。

 俺たちは車を降りて撮影スタジオへと向かった。

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