第11話 屋上での提案

     ※


 ガチャガチャ――屋上のドアノブを回す音が響く。

 だが鍵が閉まっているようで、扉が開くことはない。


「閉まってる、な」


 流れでここまで来てしまったが、危険もある以上閉まっていて当然か。

 だが、描世かせさんは不思議そうに首を傾げる。


「高校の屋上って、開放されてるものじゃないのね」


「漫画とか、アニメはそうだもんな」


 たとえば恋愛漫画でよくあるのは、屋上で一緒にお弁当を食べたりとか。


「リアルだと違うのね。

 とても勉強になったわ」


「勉強……か」


 その言葉は俺にとってはかなり意外なものだった。


「うん? 私、何かおかしなことを言ったかしら?」


「いや、おかしいってわけじゃなくて……こういうちょっとしたことからも、創作に繋げて学んでるのかなってさ」


「気を遣わなくていいわよ?

 普段から絵ばかり描いてるから……変に思う人はいるかもね。

 もし世間ずれしてると思ったら言ってくれていいから」


「変だとは思わないよ」


 俺が言うと、特に気にした素振りは見せず、描世さんは階段に腰を下ろした。


「ここでもいいよね?」


 返事はせずに、俺は彼女の隣に座った。


「聞いてもいいか?」


「なに?」


「さっき勉強になったって言ったけど、どんなことを考えたんだ?」


「屋上の扉は現代だと閉まってるのが普通なのかもしれない。

 でも、時代によっては開いてる場所があるのかな? とか。

 そうなると、アニメや漫画でも時代背景によっては開いてるのが普通の時代もあったのかも……って考えたりしてたの。

 この辺りをリアルに描くなら、時代考証が必要かもなって」


「時代考証……か」


 ユーザーとして作品を提供される時、そこまで考えたことはなかった。

 こういう発想はクリエイターならではのように思う。


「素人の意見になるけど、言ってもいいかな?」


「私だって素人よ? お金を稼いでるわけじゃないもの。

 動画でお金を稼いでるあなたのほうがよっぽどプロだと思う」


 確かに収入を得てはいるが。

 これほどの天才にプロだと言われるのは、どうにも照れる。

 が、そう言ってくれるなら遠慮なく話をさせてもらおう。


「作品ってさ、ご都合主義で描く時もあるよな?

 屋上とか、開いてたほうがロマンがあるっていうか」


「イベント的な都合を考えるなら、それがいいかもね」


「全てをリアルに描けばいいってわけじゃないよな。

 あえてえがかない良さがあると思うんだよ」


「そこに『夢』がないと、よね」


「そう!

 アニメもゲームも漫画もラノベだって――全部、『夢』があるよな。

 こんな風にカッコよく生きたいとか!

 同級生の美少女と隣の部屋だったらいいなとかさ」


「夢を見てる間は幸せになれるものね。

 私にとっては……救い、だったかな。

 もう少し、頑張ってみようって、生きてみようって思えるくらいの」


「救い、か……」


 俺にとってはそこまで大きいものかはわからない。

 でも、わかる気はする。


「ぁ……ごめんなさい。

 そんなに重くはとらえないで、ただ……作品が、力になる時、ない?」


「ある!

 俺も、いつも元気を貰ってる。

 描世さんが見せてくれたイラストだってそうだった」


「私のイラストが……か。それ、すごく嬉しい」


 小さく笑って抱えた膝で照れ隠しするみたいに口元を隠す。


「きっと……さ。

 いつかもっと、多くの人に夢を見せられるんじゃないかな」


「そうできたら、いいな」


 顔を上げて、俺を見つめ、描世さんは優しく笑った。


「私が作品からもらった感動を、今度は次の誰かに伝えられたら……。

 私の作ったものが、誰かの救いになってくれたら……それが私の夢だから」


 きっとその夢が、また次の夢に繋がっていく。


「できる! 描世さんなら! いい加減な気持ちじゃなくて、本当にそう思ってる!」


「ありがと。

 皆好くんの言葉がいい加減だとは思わないよ。

 すごく本気なの伝わってくるから」


 俺のように、描世さんの作品を見て、心を震わせる人は沢山いる。

 なら、


「描世さんは……SNSとか、やってないの?」


「うん」


「興味ないのか?」


「なくはない、けど……創作活動に使う時間が減っちゃいそう、だから」


「それは……あるかもな」


 実際、SNSは時間を奪われる。

 人から何か反応をもらうのは楽しいもので、ついついずっと見てしまう。

 実際、俺たちも動画を投稿すると、ありがたいことに沢山のコメントを貰える。

 基本的にはファンが見てくれるので、好意的な意見が多くてモチベーションにも繋がったりもする。

 否定的な意見であっても、それが今後の改善となるなら、受け止めるべき時もある。

 少数であっても、単純に嫌がらせとして書き込みするアンチもいるだろう。

 何かを発表するということは、多くの意見を受け止める立場にもなるということだ。

 プラスもあれば、マイナスもある。


「でも……もっと多くの人に自分の絵を見てもらいたいとか、思わないか?」


「それは思うけど……今は自分の絵を誰かに見てもらう努力に時間を割くんじゃなくて、出来るだけ力を付けたい、かな。

 私よりも上手い人なんていくらでもいるから、今はもっともっと描いて、その人たちに少しでも追いつきたいの。

 学生である以上、勉強も全くしないってわけにはいかないけど……」


 俺から見れば、描世さんの絵は名立たる芸術家のように上手く見える。

 いや、単純な画力ではなく、世界を彩る作品という意味でなら、それ以上のように感じていた。

 だけど、クリエイターである彼女自身の捉え方は違うのだろう。

 彼女自身にとっても、追いつきたい高見にいる存在が、きっといるんだ。

 だからこそ無駄なことに時間を使うことなく、描いて描いて、少しでも上手くなる為に時間を使いたいんだ。


「……なら、無理にやれなんて、言えないよな」


「本当に、興味はあるんだけどね。

 色々な人から感想をもらえたら、やっぱり嬉しいと思う。

 モチベーションも上がるのかなって……考えたこともあるんだ。

 でも……不特定多数の人に絵を見られるのは、ちょっと怖い」


「コメントに傷ついて作品を投稿しなくなる人はいるもんな」


「作品に対してならいいの。

 何かを発表するなら、色々な意見を受けるのは当然だから。

 でも……個人に対する誹謗中傷をする人も、いるから」


 才能のある者に対しての嫉妬。

 それが個人に対する誹謗中傷になり、殺害予告などの事件に発展するケースも今は少なくない。


「作品から受けるイメージで、その人を否定するって怖いことだよね。

 だってその人たちは、私たちの知ってるわけじゃないんだよ?

 でも、誰かの悪意が凶器みたいに襲ってきて……命を落とす人もいる」


 人は繊細だから、簡単に傷ついてしまう。

 それがクリエイターや、役者、想像力が豊かであればあるほど……見えないことまで考えて、見ようとしてしまおうとするんだと思う。


「ならさ――俺がキミを守るよ!」


「え?」


「SNSやイラストの投稿サイトとか、キミの作品を発表する場所を作るから、俺に管理させてくれないかな!?

 時間が取られそうなところは俺が対応するよ!

 万一、ネットの誹謗中傷とかあっても、気にならないように対応する!

 逆に参考になりそうな意見とか、嬉しい感想とかはピックアップしてキミに伝えられるようにするから!」


 俺自身が純粋にもっと見てみたい。

 彼女が見ている景色を。

 その先に――どんな世界が待っているかを。

 彼女がどんな作品を創み出すのか。

 それに――俺は、彼女の夢を応援したい。

 彼女の生み出す作品がきっと――いつの日か、誰かの夢になる。


「あ、ありがたいけど……迷惑じゃ、ない?

 時間、使わせちゃうよね?」


「全然!

 むしろ役得でしょ!

 一番近くで、一番最初にキミの作品が見られる!

 それは俺にとって、最高の報酬だから!」


「っ……ぅぅ……」


「ぁ……悪い。

 俺、勝手に突っ走って……自分勝手なこと言って。

 もし描世さんが迷惑なら……断ってくれてもいいから」


「ち、ちがっ……迷惑なんて思ってない!

 嬉しかったけど、そこまで言われると照れる……」


「ご、ごめん」


「謝らないでよ。

 私の為に言ってくれてるんだもん。

 ……でも、ちょっとだけ、考えさせてもらってもいい?」


「そ、それは勿論!

 直ぐに決めて、直ぐに動けるってことでもないと思うから」


「……うん。

 でも、前向きに考えたい。

 だから……その時はお願いしても、いい?」


 上目遣いで、眼鏡の上から、ちらっと覗く描世さんの瞳。

 少しだけ甘えるようなその仕草に、胸の鼓動が強くなる。


「勿論! いくらでも力になるから!」


「ありがとう。

 あの、さ……連絡先って聞いてもいい?」


「あ、ああ!」


 スマホを取り出して、俺たちは連絡先を交換した。

 とりあえず、トークアプリと電話番号があれば十分だろう。


「って、やばっ……」


 気づかなかったが、アプリに舞花から連絡が届いていた。


「どうしたの?」


「舞花から、連絡があって……」


「もしかして、何か約束があったの?」


「約束ってわけじゃないんだけどさ。

 昼食、どうするのかって、先に食べてくれって伝えてあるから」


「美鈴さん……皆好くんのこと、待ってるんじゃない?」


 もしかしたら、そうかもしれない。

 時間を確認すると、昼休みはまだ三十分ほどある。


「突然、呼んじゃったのは私だから……行ってきて。

 私も後から戻るから。

 それに……」


 描世さんが持っていたスマホの画面をこちらに向ける。

 同時に俺のスマホが震えた。

 トーク履歴にはシュールで可愛らしい動物のスタンプが送られていた。

 そのスタンプと共に『またね』と表記されている。


「話しなら、またできるから」


「描世さん、ごめん。

 ありがとう」


 謝罪と感謝を伝えて、俺は一足先に教室へと向かった。

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