第10話 彼女の価値

     ※


 今日の授業は各教科の先生への自己紹介も兼ね、ちょっとしたレクリエーションのようなことをやって時間が過ぎていった。


 そして昼休み。


(……出来れば……描世かせさんと話したい)


 まだまだ聞きたいことがある。

 というか、多分話が尽きることはない。

 どこかで話す機会を作れたらいいんだけど。


(……あ)


 偶然だろうか?

 描世さんと目があった。

 そして彼女は、席を立って教室を出ていく。


「優雅、お昼どうする?」


 声の方に視線を向けると、こちらに歩み寄りながら舞花が尋ねてきた。

 手に弁当を持っている。

 彼女は趣味は料理なので、手作りしてきたのだろう。


(……インスタ映えする料理の練習とかで、色々作ってるからなあ)


 作り過ぎた時は、うちに余った料理を持って来てくれる。

 その度にありがたく頂戴していた

 毎度、料理の感想を聞かれるのが難点と言えば難点。

 だが気付けば、見栄えは勿論、味も料理人顔負けというくらいに上達していた。

 今ではSNSに料理の写真を上げるたびに、ちょっとした話題に上がるくらいに。


「食堂、行く?」


「いや……人が集まりすぎても迷惑だろうから。

 購買で買ってくる、かな」


「わかった。じゃあ教室で待ってるから」


 俺は立って購買へと向かう。

 描世さんの席へと目を向けると、もう教室にはいなかった。


「優雅くんと舞花ちゃん、教室で食べんの?」


「なら、私たちもそうしようかな」


 俺たちの話を聞いていたクラスメイトたちが集まってくる。

 その中から俺は抜け出して教室を出た。


「ぁ……皆好くん」


「……描世さん!?」


 教室を出て直ぐ。

 扉に背を預けるようにして、描世さんが立っていた。


「……俺を待っててくれたのか?」


「……」


 尋ねると、描世さんが小さく頷く。

 さっき目が合った時、もしかしたら描世さんも俺と同じ気持ちなんじゃないかって。

 もっと話したい。

 そう思ってくれてるんじゃないかって気がしていた。


「少し話さない? 朝の時間の続き」


 でも、気のせいじゃなかった。


「も、勿論!」


「よかった……お昼って、どうする?」


「購買、行こうと思ってたんだけど……」


「なら、ちょうどよかった。

 私もお昼、買おうと思ってたから」


 廊下を一緒に歩き購買へと向かう。

 ただそれだけのことなのに、生徒たちの注目が一斉に俺に向いてくる。


「あれって、ワーズの優雅くんだよね?」


「うちの高校に入学したって噂、本当だったんだ!」


 こういうのは、学校内だけのことじゃない。

 学校の外でも歩いているだけで、誰かに声を掛けられる。

 それが好意的なものならまだいいが、悪意であることも少なくはない。


「隣にいる子って、誰? もしかして彼女?」


「いや、流石にそれはないっしょ」


「確かに優雅くんとだと、釣り合ってないよね~」


 そういうことを、わざわざ聞こえるように言う奴らは何を考えてるんだろうか?

 隣を歩く描世さんが、嫌な想いをしていないだろうか?

 拳に力が入る。

 自分が中傷されるよりもずっと、怒りを覚えていた。


「……お前らに、何がわかるんだよ」


 思わず、声が漏れる。

 俺にとって、彼女よりも感動をくれた人なんていないのに。


「……気にしなくていい。

 慣れてるから」


 俺にだけ聞こえるような小声で、隣を歩く少女が言った。

 視線を描世さんに向けると、「大丈夫」と強い微笑みを向けてくれる。


「優雅くんって、女優の舞花と噂なかったっけ?」


「あ、そうそう。舞花もうちに入学したんでしょ?

 やっぱ二人ってそうなのかな?」


 詮索が始まる。

 でも、もうそんなこと気にならなかった。

 描世さんは俺が思っていたよりもずっと優しくて、強い。

 購買に着くと、もう残り物しか売られていなかった。

 人気商品は即完売してしまうらしい。

 結果的に残っているのは……。


「コッペパンしかないな」


「食べられれば、私はなんでも」


 言って俺たちはコッペパンを買う。


「……いつも、そんなに食べないのか?


 廊下を歩きながら、気になったことを尋ねてみた。


「そうね……適当に済ませる時が多いかも。

 起きてる時は、絵を描いていたいから」


「毎日、どのくらい描いてるんだ?」


「う~ん……家にいる時は基本的にはずっと、かな?

 気付いたら寝ちゃってたりするかも」


 強い情熱がある。

 それは絵を一目見た時からわかっていた。

 でも誰かに夢を与えられる作品っていうのは、圧倒的な努力の先にあるのだと感じる。

「ほんと、すごいな描世さんは……」


「すごいって、どうして?」


「絵を描くのって、大変だろ? すっごい努力しててさ」


「大変……う~ん、そういう時もあるかもだけど。

 好きなことだから。

 集中力が続く限り、ずっと描いていたいかな。

 楽しいの、絵を描くことが」


 ああ、そうか。

 思い違いをしていた。

 好きなことだから、努力を努力とも思わない。

 ただ純粋に楽しいから、好きなことを全力で楽しみたい。

 それが彼女のクリエイターとしての原動力。


(……みんな、そうなのだろうか?)


 好きなことを追い求める人たちは――どこまでも、真っすぐなんだろうか?

 なら俺も、本当に自分の好きを認めることができたなら。


(……見つかるんだろうか?)


 心から熱くなれるような、自分のしたいと思うことを。


「ねえ……皆好くん、こっち」


「うん?」


 階段のほうを指さされる。

 上に行こうってことだろうか?


「屋上、行かない?

 二人きりのほうが話しやすいから」


「そう、だな」


 教室では舞花たちが待っている。

 でも、今は――もっと描世さんと話をしたい。

 スマホを取り出して、舞花に少し遅れるから先に食べててくれと連絡した。


     ※


 スマホのバイブレーション。

 優雅から連絡が入ったみたい。

 内容を確認すると、戻るのが少し遅れるということらしい。


「優雅、少し遅れるみたい。

 先に食べててだって」


「え~マジ? もしかして購買激込みだったとか?」


「先輩から聞いたけど、直ぐに商品無くなっちゃうらしいよ」


 だとしたら、外に買いに行ってるとか?


(……お弁当、作ってあげようかな)


 流石に迷惑、だろうか?

 でも買いに行く手間は省ける、よね?

 考えながら、私はお弁当の蓋を開いた。


「うわぁ~舞花のお弁当、可愛い!」


「めっちゃすごいじゃん! なにこれ? プロレベルっしょ!」


 気合を入れて作ってきたお弁当なので、みんなが褒めてくれるのは嬉しい。

 でも、本当は……最初に優雅に見せたかった。


「ありがと。

 みんなでお弁当、交換する?

 少しずつ、食べよっか」


「いいの!?」


「嬉しい~!」


 早く戻らないと、優雅の分はなくなっちゃうから。

 てか、戻ってきても……食べさせてあげないから。

 そんな意地悪を思い浮かべながら、彼のいない昼食が始まった。

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