第9話 二人の関係
「あ……優雅、やっぱりいた!
家に行ったら、おばさんがもう家を出たって言うだもん……。
先に行くなら連絡してよね」
「いや、約束してたわけじゃないだろ?」
「そうだけど……」
不満そうに小さく頬を膨らませながら、教室へ入ってくる。
同時に俺の隣にいる描世さんに視線が映った。
「……その子は?」
「ああ、えっと……」
しまった――どうする?
描世さんのノートを持ったままだ。
もし舞花がこれを見たら、多分……よくは思わないだろう。
舞花はオタク嫌いだ。
その理由を俺は知っている。
だから……舞花は描世さんの絵を見て、否定的な言葉を向けるかもしれない。
そんなの、ダメだ。
クリエイターにとって『好き』はモチベーションそのものだ。
俺だって動画を作ってるからわかる。
やりたいことをする時、楽しいって思う時、人は大きな力を生む。
だからこそ、誰かの誹謗中傷でこんな素晴らしい世界を創み出す描世さんのモチベーションを下げたくない。
「たまたま描世さんも早く来たみたいで、ちょっと話してたんだ」
持っていたノートを描世さんに手渡す。
そして彼女への注意を変える為、立ち上がり一歩前へと踏み出した。
「ふ~ん……描世さんって言うんだ。
……私は、美鈴舞花」
だが、何がそうさせたのか。
舞花は、描世さんに興味を持ったらしい。
「描世さん絵真です。
美鈴さん、よろしくお願いします」
クールに、淡々とした自己紹介をした。
その表情が変化することはない。
「舞花でいいから。
私も絵真って呼ぶね」
「……わかりました」
描世さんは義務的な返事をした。
これ以上、話すことはないと言うように。
だが、
「それで、優雅と絵真は何を話してたの?」
どうやら、舞花のほうはそうではないらしい。
顔は動かさず、描世さんが視線だけを俺に向けてくる。
どうする? と聞かれているような気がした。
「何ってちょっとした世間話だよ。
これから同じクラスになるから、よろしく……とか」
「ほんと?」
何を疑うんだ!?
事実とは少し異なるが、別におかしいことは言ってないのに。
「皆好くんって、優しい人なんですね。
昨日……私が親睦会に出なかったことを気にしてくれてたんです」
な、ナイスフォロー!
「ぁ……そう、なんだ。
優雅って、ほんと面倒見いいとこあるんだよね」
舞花は自分が褒められたみたいに、嬉しそうに笑った。
どうやら、今の理由で納得してくれたみたいだ。
「そんなとこあるかな?」
「あるよ。
前にもクラスで孤立しがちな子に、優雅が声かけてたじゃん。
それで……みんなで遊ぶようになってさ」
小学生の頃の話だな。
でも、仲良くなってから直ぐに、その子は転校することになってしまった。
「……二人は昔からお知り合いなんですか?」
ほんの少しの逡巡の後、描世さんが俺に尋ねた。
「幼馴染なんだ。家も近所でさ」
「だから幼稚園の頃からの付き合い」
幼稚園と聞いて驚いたのか、描世は少し目を丸めた。
「そんなに昔から……もしかして、恋人同士なんですか?」
「そ、それは……どう、なの?」
言い淀みながら、舞花は俺に上目遣いを向けた。
「恋人ではないな」
「むっ……」
「大切な家族みたいな存在、かな」
「ぅ……」
舞花はむっとした顔を見せたかと思えば、恥ずかしそうに目を伏せた。
「っはよ~っす! って、優雅くんたちもう来てたの~?」
「いつもこんな早く登校してたん? 結構優等生?」
一人、また一人と教室に入ってくる。
気付けば随分と時間が経っていた。
「いや、全然。なんか早置きしちゃってさ。
優雅はどっちかって言うと朝弱いほうだし」
「え~舞花ちゃん、なんでそんなこと知ってるの~?」
舞花を中心に女子生徒の輪ができて、一気に騒がしくなる教室内。
そして三人の時間は終わる。
勿論、俺と描世さんの二人の時間も。
「描世さん、また」
自分の席に戻る前に、一言伝える。
すると彼女は、「またね」と言うみたいに、小さく手を振ってくれた。
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