第8話 告白よりも嬉しかったこと

「!?」


 一ページ目。

 あの時、昨日の放課後に一目見た時に感じた興奮が蘇ってくる。

 たった一枚の白黒のイラスト。

 これは物語のメインビジュアルだろうか?

 たった一枚のイラストの中に圧倒的な密度と、様々な情報量が俺を襲ってくる。


(……あぁ……あぁ~~~~~やっぱり、めっちゃやばああああああっ!!!)


 そう叫び出したいほど昂ってしまう。

 この絵をずっと見ていたい。

 でも、次のページの絵もみたい。

 たった一枚のイラストで、こんな至福の葛藤を味わったのは初めてかもしれない。


「ど、どう?」


「俺の持てる語彙力全部使っても、言葉にできない。

 それくらい、感動してる」


「そ、そう……」


 しっかりと目に焼き付けて、俺は次のページをめくる。

 目に入ったのは、キャラクターの三面図。

 ファンタジー世界の女の子。

 それを見た瞬間、余計な情報が全部消えて、映像が動き出す。

 歩いたり、走ったり、飛んだり、跳ねたり、踊りまわって、転んで、でも、いつも純粋で、真っすぐで、また立ち上がって、前を向いて歩いていく。

 その先にいるのは、彼女の仲間たち――。


 ページをめくる手が動く。


 三面図の次は、キャラクターの表情集。

 俺の想像を超える個性豊かな顔を見せてくれた。

 イメージを超えるほどの現実が目の前にある。

 頭の中の想像がさらに膨らみ――物語が加速する。


(……もっと見たい。彼女の作る世界を)


 この時間がずっと続いてほしい。

 そう思いながら、大切にページをめくっていく。


 登場人物が増えていく。

 物語を紡ぐ登場人物たち――すると、不思議と声が聞こえた気がした。

 自然にキャラクターたちが会話を始める。


 冒険の中で巡り合う仲間たち――立場や目的はそれぞれ違う。

 でも、命懸けの戦いの中、徐々に絆が深まり、強い信頼が生まれていく。


 ノートに描かれているのは、キャラクターだけじゃない。

 一本のアニメを作れそうなほどの設定画が詰め込まれていた。

 キャラクターの服や小物、武器や魔法陣、特殊な兵器など。

 描世さんの中にはきっと、明確な物語が存在する。


 どうしたら、俺と同じ年齢の女の子が、こんなすごいものを作れるんだろう。

 心を捕らえて離さない――魅力的な世界を生み出せるんだろう


 だからこそ、聞いてみたい。

 興味が湧き出して止まらない。

 描世さんの中で、このキャラクターたちがどんな風に生きているのか。

 俺の心を奪っていく、最高のキャラクターの生みの親である彼女に。


「……はぁ……」


 思わず重い息が漏れる。

 呼吸を忘れていたのかもしれない。


「描世さん……」


「な、なに?」


「ほんと、最高だった」


 ノートに彩られた世界を全て見たあと、最初に口にした感想がそれだ。


「そ、そう……」


 ほんの少しだけ、描世さんは頬を赤く染める。

 口元が微かに緩んでいる気がした。

 もっと踏み込んで、話を聞いてもいいのだろうか?

 キミの描く世界を、俺にもっと見せてほしい。

 そんな想いが止まらない。


「他に描いた絵ってある?

 どんな作品の影響を受けてるの?

 このキャラクターを書く上で、設定とかシナリオってあったりする?」


「ちょ、ちょっと……いきなりそんな色々聞かれても……」


「ぁ……そ、そう、だよな。ごめん」


「もう逃げたりしないから、安心してよ」


 冗談っぽく言って、描世さんは微笑した。

 言われて俺は、昨日の放課後のことを思い出す。


「ぁ……まだ謝ってなかったけど、あの時は突然、ごめん」


「びっくりしたけど、別に嫌じゃなかったから。

 というか、私も勘違いしちゃってごめんなさい」


 座ったままこちらに向き直り、描世さんは頭を下げた。

 勘違い――と言われて、俺は昨日やってしまったことを正確に思い出してしまって、全身が熱くなる。


「てっきり、告白されたんだと思っちゃって」


 そう勘違いされてもおかしくない。

 昨日も今日も、好きという想いが先行して勢いで発言してしまった結果だ。


「ある意味で、告白みたいなものかも」


「ふふっ……私にとっては、告白されるよりもずっと嬉しいことだった」


 おさげ髪を揺らして、描世さんは笑顔の花を咲かせる。

 クールな印象があったけど、そのイメージが徐々に変わっていく。

 笑う時は本当に素直な顔を見せてくれる。 

 自分の『好き』に対して誰よりも正直な彼女となら、『好き』の気持ちをきっと共有できる気がした。


「ねえ……皆好くんがもしよかったらなんだけど――」


 その言葉を聞き終わる前に、ガラガラガラ――と、教師の扉が開いた。

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