第7話 動き出す心

「ご、ごめん

 俺、いきなり、おかしなことばっかり言って。

 その、何か傷つけるようなこと言ったかな?」


 理由はわからない。

 でも、もし俺が彼女を傷付けたなら、今は謝ることしかできない。


「ぐすっ……ち、違うの……皆好みなよしくんは、悪くない」


「え? わ、悪くない、の?」


「全然悪くない! ただ、私……人に、自分の絵が好きなんて言ってもらえたの、初めてだったから……それが嬉しかったの」


 描世さんは本当に、心から嬉しそうに笑ってくれた。

 それは、一瞬で枯れた地上に花が咲き乱れる。

 見ている俺の心まで幸せになってしまうような笑顔だった。


「そ、そっか……傷付けたわけじゃなかったら、よかった」


 なんだか胸があたたかい、いや熱くなってくる。

 照れにも似たような感情が胸を焦がすみたいに。


「で、でも……意外だったな。

 描世さんくらい上手かったら、みんなから好きだって言ってもらえそうだから」


 胸に湧く気持ちに堪えられず、誤魔化すようにそんなことを言っていた。


「前に見せた時は……絵とか描くのカッコ悪いとか、オタクなんだね……とか。

 ネガティブなことばっかり言われた、かな」


「はああ? そいつらはバカなの?

 描世さんの絵を見て、カッコ悪いとか何もわかってないわ。

 オタクなんて言葉で簡単に片付けるんじゃないってな。

 絵ってのは、芸術なんだよ芸術!

 ピカソやゴッホを見てオタクキモって言うやつがいるか!?」


「……」


 はっ!?

 やばい。

 なんで俺はこうなんだ。

 いつも、そうだ。

 好きなことを好きだと語る時、周りを引かせてしまう。


「ふふっ……あはははははっ」


 堪えきれないとばかりに描世さん(かせい)が笑った。

 今度は笑いすぎて涙が出たのか目元を拭う。


「皆好くんって、自分の好きに正直な人なんだね」


「そう、かな」


 正直、ドキッとした。

 本当の俺は自分を否定されるのが怖くて、好きなことをずっと隠してて。

 だから、好きを好きって言えるような、カッコいい人間じゃ――。


「そうだよ。

 あなたを見てればわかるもの。

 本当に、好きで好きで、仕方ないんだって」


 止まっていた時間が動き出すいたいに、心が震えた。

 火が付いたみたいに熱くなる。


「やばっ……」


「え……?」


 自分を誤魔化して生きてきた。

 それが当たり前だって思ってた。

 でも、本物の自分を受け入れてもいいのかもしれない。


「なんか、嬉しくて……」


「私、そんな喜ばせるようなこと、言った?」


「言われた」


 きっと、誰にもわからない。

 好きなことを、好きだって言ってもいいんだって。

 それをわかってくれる人もいるんだって……そう思うことができた。

 それが俺にとって、どれだけ難しいことだったのか。


「よくわからないけど……皆好くんが嬉しかったなら、よかった」


 理由を尋ねることはなく。

 これ以上、踏み込むこともせず。

 ただ、描世さんは優しく微笑む。

 その距離感が、俺にはなんだか心地よかった。


「それで……さ、見てくれるの?」


「見て?」


「イラスト、見てくれるんじゃ――」


「見たい! 見られるもの全部!」


 即答。

 ちょっと、がっつきすぎたか?

 だが、描世さんはそんな俺の様子に戸惑うことなく、自分の鞄からノートを出した。


「どぞ」


 言って、描世さんからノートを差し出された。

 緊張しながらそれを手に取る。

 おかしいくらい、心臓が高鳴って……俺は最初のページを開いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る