第4話 カラオケ

     ※


 女の子に話し掛けて逃げられる。

 そんな経験をしたことがある奴が、世の中にどれくらいいるだろうか?


「……優雅、どうしたの?」


「え?」


 流行りの音楽が鳴り響くカラオケの室内で、俺は気の抜けた声を漏らした。


「さっきから、なんだかぼ~っとしてる」


「そ、そうか」


 誤魔化すようなこと言ってしまったが、図星だった。

 平静を装っていたつもりだが、流石は幼馴染。

 舞花は俺の様子が少しでもおかしいと直ぐに察してくる。


「……なんか、あったの?」


「いや、そういうわけじゃ……ないんだけどな」


 めっちゃ可愛いイラストを描く女子がいた。

 彼女の絵に一目惚れして、そのキャラクターに心を奪われた。

 そんなこと言ったら、舞花はドン引きするだろうか?

 共感を得ることはできないのはわかっているから、正直に言うわけにもいかない。


「もし相談が必要なら、言ってね。

 私は……私たち、幼馴染なんだから」


「ああ、ありがとな」


 俺が礼を言うと、舞花は優しく微笑んだ。

 何かあると、いつも一番最初に気遣ってくれる。

 一見、キツそうな印象はあるが基本的に優しい。


(……でも、舞花にだけは話せない)

 

 舞花は俺にとって大切な幼馴染だけど。

 前みたいにドン引きされるのはちょっとしんどい。


(……あの子、名前はなんて言ったっけ?)


 席は俺の右隣から一つ後ろ。

 自己紹介の時に言っていた名前は確か――


「……描世絵真かせえま


 俺の呟きは、歌声にかき消される。


(……あれだけ魅力的な絵を描くなら、イラスト投稿サイトやSNSで調べれば出てくるか?)


 だが、一度見れば忘れるはずがない。

 スマホを取り出して検索してみる。

 だが、それらしいものは引っかからない。


(……まぁ、それはそうか。

 クリエイターなら、ペンネームを使ってるのかもな)


 やはり明日、本人と話をするしかない。

 そして――もう一度、描世さんの絵を見せてもらう。

 あの至高の芸術――究極の美を!


皆好みなよしく~ん、マジさ、そろそろ歌ってよ?」


 ムードメーカーな茶髪の男子が、俺にマイクを渡してきた。


「うん? いや、俺は……」


 正直、明日に向けての計画を考えたいのだが……。

 クラスメイトたちに期待の眼差しを向けられている。


「なら、一緒に歌う?」


 マイクを手にとって、舞花は微笑する。

 動き一つ取っても様になるのは、流石はモデル件役者というところだろうか?


「二人が一緒に歌うとかマジやばくない?」


「めっちゃ聞きたい~」


 これはもう完全に歌う流れになった。


「じゃあ、歌うか」


「二人で歌うのとか、久しぶりよね。

 曲は……これで」


 言いながら、舞花はパッドを使って曲を入れる。


『過去と今と未来の私へ』


 有名なソングロイドPの『夢堕むだ』が作詞作曲した歌だ。

 夢堕は表舞台には全く露出しない為、性別すらもわからない。

 ミステリアスな存在だが、多感な少年少女の想いを綴る作詞と、聞くものの心を震わせる旋律で、若者を中心に強く支持されている。

 俺も舞花に教えてもらってからは、時折歌を口ずさむくらいにはファンになっていた。

 曲が流れ、テレビに歌詞が表示されていく。


「それじゃ歌うから、ちゃんと聞いてよね!」


 舞花の言葉に一斉に皆の注目が集まる。

 俺たちは自然な流れで互いの目を合わせて――同時に歌い始めた。


     ※


 一糸乱れ呼吸の合ったデュエット。

 我ながら悪くはなかったと思うのだけど……歌い終わった時、室内は静まり返っていた。


「あれ? 思っていたよりも下手だった、か?」


 期待に応えられなかったのかな?

 と、俺が冗談めかして俺聞くと――


「「「「「「「「「「わああああああああああっ!!!」」」」」」」」」」」


 部屋が揺れるほどの歓声が満ち溢れた。


「めっちゃよかったよ~~~~!」


「すっげえ! 生声で優雅と舞花の歌聞けるとか最高!」


「幸せすぎて、もう死んでもいい~!」


 そこまで喜ばれると、逆に照れる。

 でも、みんなが笑顔を向けてくれるのはやはり嬉しかった。


「あれ……点数入れてたんだな」


 テレビが点数計算の画面に変わり――100点と表示される。

 その結果に対して、さらに歓声が巻き起こった。


「優雅……ん」


 舞花は嬉しそうに笑って右手を上げる。

 俺もそれに応えて、ハイタッチを交わした。

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