私の秘密

七三公平

第1話 私の秘密

 私には、好きな人がいる。同じ会社の人で、五歳年下である。社会人三年目の彼は、今年になって他部署から移動してきた。少し困ったような表情で笑うことが多い人だが、みんなに笑顔で接している。八方美人と言えなくもないが、頑張っている。


 見た目も、塩顔というかイケメン風で、人によって好みは分かれるところだろうが、私は好いと思う。五歳差くらいだったら、大丈夫かなと思うが、社内であることを考えると、自分から告白するのは、かなり勇気がいる。会社の飲み会でもあれば、隣の席に座って仲良くなって、それから……。私の頭の中で、想像だけは膨らんでいた。


 同じ部署だから、近くを通りかかることはあるし、ちょっとくらい言葉を交わす機会もある。仕事に関しては、他の先輩社員が彼に教えている。仕事の出来は、あまり良くはなさそうではあるが、頑張っている。


 ある日のこと、昼休みのベルが鳴り、私は自作の弁当を食べて、自席のデスクに伏せて寝ていた。私以外にも、そういう人はいたし、外に昼食を食べに行く人もいる。


 カタっと小さな音がして、私は薄く目を開けた。デスクの上に並んでいるモニターの向こうに、彼の姿が見えた。どうやら、椅子に少しぶつかったようである。彼は、周りを見てキョロキョロしている。椅子の背もたれ部分に手を掛け、椅子を元の位置に直そうとしているように見えた。しかし、その手はデスクの上に置かれていた腕時計に、伸びていった。それは、彼のデスクではない。


 彼は、腕時計を手の中に隠すように、握りしめた。彼の体が、スッとその席から離れようとする。私は、デスクに伏せていた体を起こして、彼のことを見た。


「その時計、カッコイイですよね。」


 男性物の腕時計で、それが高いものなのかどうか、私は知らない。どうしようか……迷いはしたが、私は指摘することにした。誰かが、誰かの物を盗んでいるとか、そういう雰囲気が嫌だなと思ったからだ。


「ああ……、そうですよね。」

「でも、自分の物を他の人に触られたくない人もいるから、勝手に触って見るのは、やめた方がいいですよ。」

「え、ああ……そうですね。」


 彼は、私が言ったことに反応して、腕時計をデスクの上に戻した。そして、笑顔を彼は私に向けて、部屋を出て行った。


 その出来事を、私は誰にも言わなかった。彼のためを思ってのことではない。私自身が、余計なことで注目されたくなかっただけのことだ。


 私は、またデスクに伏せた。彼が、手癖の悪い人だということを知って、私は考え直していた。そのことで、一気に好きな気持ちが冷めたということではなかったが、良くないなとは思った。


 翌日、彼が私に話し掛けてくるということもなく、むしろ私のことを避けている様子に見えた。正常な反応だとは思う。だけど、子供っぽさを私はそこに、感じてしまった。愛らしい子供っぽさならいいが、大人になれない子供っぽさは、残念としか言いようがない。


 私は、彼みたいな人を好きになったことを、誰にも知られていなくて、良かったと思った。そのことを誰にも知られていない以上、私と彼の間には、何の関わりもない。こうした類の小さな秘密は、小さな一滴の毒のようなものである。その毒性は弱くても、毒にしかならない。決して、薬になることはないのである。周りにいる女も男も、その毒を見つけると要らないイメージを勝手に付加してくる。


 自席で、私はハンドクリームを手に塗り込みながら、彼が女子社員と笑顔で話しているのを、目の端に見る。その反対側では、上司が彼らのことを見ているのにも気付いたが、私自身はまだ湯気が立っているコーヒーを一口飲んで、仕事を再開した。


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