君の秘密を知ってしまった

黒味缶

君の秘密を知ってしまった

 悲しいことに、人の口に戸は立てられない。

 意図的ではなくとも、情報の濃淡は言葉にあらわれる。それに敏感な者が疑念を抱く。それを放置してしまえば、秘密はどんなに隠しても探り当てられ、広がってしまう。


 だから僕は、死ぬ事にした。君の秘密を、知ってしまったから。


 冬の冷たい水に沈みながら、体内の空気を吐き出していく。

 静かに溺れていく中、君を思い出す。




 千年に一度の才を持つ人。人類の生存圏を広げるに足る、魔法の理解者。

 そう言われる若者が現れたと聞いたとき、魔法研究者である僕は強い興味を持った。


 魔法研究の道に進む人は少ない。優秀な人材は、多くが現場での活躍を求めて最前線の英雄になろうとする。

 しかし、世界の法則の1つであるはずの魔法の理解が拙いままでは、一旦英雄たちが推し広げた生存圏の維持は難しいというのが僕の持論だった。

 今の人類は新たな英雄を常に求め続け、その英雄たちを生贄にしている。そのいびつさを解消するためにも、人々が広く魔法を理解し強くなるべきなのだ。

 そのような思想の僕は、件の若者を研究者としてスカウトすることにした。


 当然のように、その若者は人の生存圏ギリギリの最前線に立っていた。

 出自の不明な若者だったが、そもそも英雄志望の者たちの経歴なんてはっきりしている方が珍しい。

 なので僕は、気にせずその若者に話しかけに行った。


「君、戦場じゃなくて研究所に来ないかい?」

「誰すかアンタ」

「僕は魔法研究所で主任をさせてもらってる者だよ。魔法の理解者と言われる君に興味があってね」


 説明すると、案の定その若者は魔法研究という分野がある事すら知らなかった。

 だが幸いなことに、若者は私の思想に共感を示してくれた。


「魔法使いが極端に少ないのって、自分がなんとなく知ってるようなことをみんな知らないからってのがありそうっすね」

「だろうね。実際現状の研究の場では、君の"なんとなく知っている事"の一端だけでも大変に革新的だ。君の"なんとなく"を、確かな知識として確立したい。協力してくれないだろうか」

「いいっすよ。そうすれば、あの獣たちをぶっ殺せるやつが増えるんでしょ?」


 そうして、その若者は……君は、私の部下になった。

 英雄候補はまだまだたくさんいる。君の抜けた穴も、活躍の場を狙う者たちがあっという間に埋めてくれた。

 君の唯一の懸念が亡くなったことで、僕たちは研究所で魔法の知識の確立に勤しむこととなった。


 いい日々が続いた。

 魔法のために必要な魔力の使用方法が、人によって違っていたのを体系化した。

 自身のイメージから発せられる魔法と、周囲の環境によって引き起こされる魔法の違いを解明した。

 君の知る魔法の事実を片っ端から検証し、それらを書にまとめ、人々に伝えた。

 魔法の理解が進むほどに、魔法を使う獣たちが普通の動物とどう違うかも明確になっていった。


 数年も経てば、前線の英雄たちの中にも魔法使いが増えた。

 わかってきた獣たちの特徴から、奴らの弱点がわかってきた。

 君は魔法の本当の基礎を広めた偉人として、英雄たちを支えた研究者として、人々に慕われるようになった。

 そこに僕の名は添え物程度にしかなかったが、それでよかった……君はそれが不満だったようだけどね、人々の評価は正当なものだったよ。


 すべての終わりは、ほんのちょっとの不注意からやってきた。

 足を滑らせて転倒した君が、目を覚まさなくなった。大慌てで医者を呼んだものの、医学的な面ではあまり問題が見られない、疲労であろうと言われてしまった。

 たしかに、研究が楽しすぎて君を振り回しすぎたかもしれない……そう思って様子を毎日のように見に来ていた僕は、ふとした思い付きで君から教えてもらった魔力の感知法で、君の体内魔力を見た。

 周囲から取り込んだ魔力が多すぎると体調を崩すという事例を、運悪くその数日前に耳に入れてしまったから。


 魔法の理解が進むほどに、普通の人々が魔法を使うには、周囲にある魔力を利用しなければいけないことがわかっていった。

 外から来る魔法を使う獣たち……いつしか魔物と呼ばれるようになったそれが、自身の中に魔力を生み出す器官があるから、周辺魔力を気にせず魔法を自在に使ってくるのだとわかっていった。

 僕は、君の魔力を見たことで、その魔力の生成器官が君にもある事に気づいてしまった。転倒で人体的には何事もなくとも、魔力器官が不調を起こしている事にも。


 君が、魔物を強く憎んでいたのを知っていた。

 君が、君の憎んでいる存在そのものであることを知ってしまった。


 しかし、僕はそれ自体に衝撃を受けるよりも、いつだったか個人としての君を知りたいと言った時に、君がどこか悲しそうにしていたのを思い出していた。

 君はきっと、人でありたいと思いながら、自分がそうでないことを痛感し続けていたのだろう……少なくとも、僕はそのように推測した。


 君が起きたら、君は僕といるとき確かに人だったと伝えよう。

 君の出自がどうあれ、君は多くの人を救った偉人なのだと、もっときちんと褒めてあげよう。


 ……そんなもしもは、起きなかった。生態を知らない生き物の危機を救う術を、僕は持っていなかった。




 それならば、せめて。


 水面が遠のく。君の秘密を知る人は、居なくなる。

 残るのは君を人だと知らしめる名誉と、天才を使いつぶした愚者の悪評だけ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君の秘密を知ってしまった 黒味缶 @kuroazikan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ