第8話 第一村人

 その少女の問いかけの後、オレの体が徐々に熱気を帯びていくのが分かる。どこからともなく香る甘い匂いに妖気じみた物があって、どんどんそれに支配されてしまう感じだ。


 苦しい?


 いや、そうではない。


 まるで浮いてるようだ。思考は止まってどことなく心地良いとまでも感じてしまうくらいだ。


 何かを吸われてる。

 何かが失われていく感じだ。


「おい!待て」


 もたれかかって動かない少女の軽い体を両手で押し離そうとした瞬間だ。


 その時、少女から彼女へと変貌した。


「背が……伸びてる?」


 幼い少女の体から一瞬にして女の豊満な体に変わったのだ。


 さっきまでと打って変わって、彼女の表情には血の気が走って可憐で艶っぽく、それでいて頬を紅めていた。


「はあ……こんな濃い精気、初めてっ」


 膝をつくオレを見下ろしながら、さぞ満足気に微笑んでいる。


「おっ……お前、敵なのか?」


 オレのその問いかけに、更なる笑みで答えて、再びオレの肩目掛けてもだれかかってくる。

 彼女の細い手はオレの心臓に当てられ、さっきよりも豊満になった胸の感触を感じる。


 求められるがままに。


「足りない……もっと……」


 耳元に感じる温もりと、再び襲ってくる浮遊の感覚。


「……すっ、吸いたいなら吸えよ」

「良いの?ただの人間なら今頃死んでるよ?目眩とかしないの?」


 これも健康で丈夫な体設定のお陰なんだろうか?


 彼女が言うような目眩はまったくない。

 むしろ、この温もりが本当に心地良かったのだ。


「い、良いさ!……吸えよ。吸いたいんだろ?」


 彼女は何も答えないが、首が縦に振られたのは分かった。


 少ししてオレの体を満たしていた熱気が冷めていく。と、ゆっくりと彼女はオレから離れてうずくまっている。


 今更気付いたのか、露わになった胸を腕組んで隠しながらもじもじしている。

 そんな態度を示されたら、こっちまで恥ずかしくなってしまうのだが。


 こうして人と話したのはいつぶりだろうか?


 人肌を通して伝わる温もりは、やっぱりどことなく落ち着くものだ。


 綺麗に整った顔を間近で見て、そんな彼女の温もりを感じてしまったオレは、少しの間余韻と感慨にふけっていた。


 華奢きゃしゃな背中を丸めながら、それは小さく溢れた。


「た……助かったわ。一応、おっ……お礼は言っとくわ」


「なあ?なんでひとりでこんなとこ来たの?」

 

 話はこうだ。


 彼女いわく、

 王族に仕える貴族と揉めて、逃亡の身だという事。この森に辿り着いたのは本当に偶然らしい。迷った挙げ句に、クッションの警戒網に察知されて拘束されてしまったらしいのだ。


 オレから精気を吸い取ったのも逃亡中で疲れ果て、それに犬たちから逃れるために魔力を消費してしまったからとの事だ。


 まあ、害は無さそうだ。


「取り敢えずさ?服着てくれないかな?」


 そう言ってクッションお手製のジャケットを彼女の肩に掛けた。


 こうして、ここを彼女に案内する事になった。


 なんだろう?

 この気持ちは……


 彼女とは今しがた会ったばっかりなのに、

 それにきっと、ただの人間ではないはずなのに。


 物珍しい顔で畑を駆ける彼女。


「こんな森にこんなすごい畑があるなんてね?全部あなたが作ったの?」


 褒められるのは悪くない。

 無邪気な彼女の姿を見ると、なんだかこちょばしくなってくるのだ。それを隠さんとし、髪をいじりながら顔を伏せた。


「まあ……」


「ほんと、すごいねキミ?これなんか観葉植物なの?」


 と、熟した苺の実を手に取り、オレを見つめる。


 苺に夢中になる彼女の下へと向かったが、この距離は反則だ。

 まるで、人形みたいな顔立ちじゃないか?さっきと同じ妖気で甘い香りがする。


 だけど知ってる。

 こういう時間ほど経つのはあっという間なんだ。


「これ、苺っていうんだ。食べてみる?こうやって実の上を掴んで……よし、取れた。ヘタを取って……」


「甘酸っぱくて美味しい‼︎ねえ、もっと食べてみたい!ねえ?」


  兎にも角にも、こうして摘み食い大会が始まった。


 大根やきゅうり、キャベツにニンジン……、畑を1周した。容姿に似合わない生野菜にかじり付く食べっぷりには唖然としたが、正直言って、シンプルに可愛いかった。


 そうこうしている間に日は暮れて、数種類の野菜を塩胡椒で煮込んだ野菜スープをご馳走した。

 もっと言えば、素材の味を楽しむ。そんな味付けである。

 牛肉に変わる肉でもあればコンソメ味に早変わりするのだが、そうはいかない。


 手間はかかるが、野菜の旨みと透き通ったコンソメスープは美味である。そこで大事なのが牛肉の挽肉って訳だ。それにコンソメがあれば料理の幅がもっと広がるし、そこにソーセージとジャガイモでも入れたらポトフの完成だ。トマトペーストを入れて、トマト風味のポトフだって悪くない。


 この時期だと格別じゃないか?


 この際だから、料理の腕でも磨いてみるか?


「やっぱり採れたての野菜って美味しいね?」


 満面の笑顔を浮かべて、そんな事を言われてしまうと、やっぱり自分で野菜を育てて、それを誰かに食べてもらって、褒めてもらう。これが1番の幸せなんじゃないかと思ってしまう。


「……あのさ?もうしばらく……いや、ずっとここに居てくれないか?」


 どうしたんだオレ?

 血迷ったか?


 理解しているつもりだ。この言葉の意味ーー


「えっ?」


「いやいや……」


「本当にしばらく居てもいいの?ならちょうど良いんだけど!初めて見る植物ばかりだから、研究してみたいなって思ってたところだし」


「そっ、そうじゃなくて……ずっ、ずっとここに居てくれ!ずっとここで一緒に暮らして欲しいんだ‼︎」


 うん?

 なに言ってんだオレ?


 混乱してて自分でもなに言ってんだか分からなくなってるんだけど、


 でも……


 離れたくないーー


 もう、ひとりは嫌なんだよ。


「ちょ、ちょっと待ってよ!今のそれ……どんな意味だか分かってる?えっ?えっ?だって、今の……プロポーズだよ?ねえ、分かってる?急過ぎだよ!」


「えっ?いや、ずっとここで一緒に暮らせたらなって……」


「それがプロポーズだって言ってんのよ!もう……急過ぎだよ」


「う……まあ、そうなるのか。そっ、そうだ!プロポーズだ‼︎」


「なんで今更照れてんのよ?って、違ったの?あわわわわっ。私……サキュバスと獣族のハーフよ?」


「構わない‼︎」


「それに逃亡の身だよ?」


「いいさ!……オレ、前の世界、あっ、いや、もともと人付き合いとか苦手で、だからこうやってひとりで……でも、もうひとりは嫌なんだよ‼︎頼む‼︎お願いします‼︎」


「うーーーっ、わっ、分かったわよ……」


「えっ?」


「だから……分かったって言ってるのよ」


 この日が、この集落?村?にとって、

 第一村人がやって来た日になった。


 それと……


 オレに奥さんが出来た日になった。


➖➖➖➖


【あとがき】

やっと加筆が終わりました。

うっ、カクヨムでラブコメ小説を読んでたら

こんな展開にしてしまいました。でござる


あっ、ちなみに

こちらのシーンで登場する少女?彼女?ですが…


外見イメージはRe:ゼロ様のエミリアたんに亜人族?獣族?のハーフでございます‼︎


内面は……どこか大胆さもあればおてんばな一面もあって、照れ屋さん。そんな内面をお持ちのようです

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