第2話 万能農具
魂送とやらでどこかに飛ばされた。
ラノベやアニメみたいなお決まりの目の前が真っ暗になって気付いたら…みたいな感覚は無く、まるでテレポートであった。
それに、さも鉄板ストーリーのように貧乏貴族家に産まれておぎゃーって泣き叫ぶ事も無いのだ。
ーー現世よりもはるかに文明が遅れてる人界ーー
この意味が次第と分かるように意識はしっかりとしている。
電気が通ってるようには思えない。街灯や電線すらも無い。人っこ1人もいない。
(ここはどこだ?)
ーー中立地帯に属する人里離れた資源豊かな山中に魂送致しますーー
青々とした木々が群れとなり生い茂、どこか懐かしい土の匂いが漂う。
オレは誰もいない深い森のど真ん中に立っていた。
(手足は動く)
手で顔の輪郭をなぞり、髪や耳肩といった体の躯体を確認して、恐らく変わりはない事が分かった。
唯一変わった点といえば、視力が良くなった事だ。
これも、最後に閻魔様の執事が言っていた、
ーー健康で丈夫な体で長生き設定ーー
の恩恵なのだろうか?
(うーん、自然だ!きんもちちいい!さあこれから念願だった農家スローライフを満喫するぞ!)
と、意気込んだは良いが、見渡す限り森、森、全力全開で森なのだ。
先ずは、現状を把握するかーー
(服装は…まるでゲームに出てくるモブキャラ村人Aみたいな格好だ。健康で丈夫な体設定だけあって、何だか体は軽い気がするな)
何か使えるモノは無いか?
(木しかないこんな深い森の中で一体どうしようか?大体の現状は把握出来たし、もはやサバイバルって感じのレベルだ。うーん?寝床は欲しい。それと水と食糧はもちろん欲しいところだ)
そういえば…
万能農具ってどんなんだ?
農具といえば
こんな深い森で農業は出来そうにも無いし、間伐もしてないだろうから陽の光は木々に遮られて、苗の成長が滞ってしまうだろうし。
土の状態も気になるところだよな?
栽培をやるにしても、先ずはきっと土を耕す事から始めないといけない。上手い野菜を育てるには土が重要なんだと思う。うん、きっとそうだろう?
(少し開けたところを探すか?水源を求めて探索するのも良いかもしれないな?いや、こんなところだと何に襲われるかも分からないから、拠点となる場所を探した方が懸命だろうか?)
オレは足早に農業が出来る土地を探すことにした。
険しい山中をひたすら歩くも、健康で丈夫な体設定だけあって、疲れを全く感じない。まったく便利な体になってしまったと感心した。
(うん?ここなんてどうだろうか?それにしても、立派な木だな?)
しばらく歩いていると、木々や葉に遮られる事なく真っ直ぐに陽が当たり、それなりに開けた土地を発見出来た。それと、20人がかりで輪になっても足らないくらいの立派過ぎる大樹だ。
(うむ。この大樹を目印にしてここを拠点にすれば良いんじゃないか?)
拠点となる場所は見つかった。
ここからどうするかって事だけど?
(水や食糧は大事だし優先順位は高い。だけど、雨風を防ぐためにもまずは寝床を確保しておきたい。何かを建てるにしても木は必要だし、ここで農業をやるにしてもこの広さじゃあ心許ないから伐採して土地を広げないといけない。って事は?)
「…斧っ!」
斧を脳内イメージすると、手にたちまち斧が現れ具現化された。
(おおっ!これが万能農具?イメージしただけで良いのか?待てよ…)
「じゃ次は、鎌!…おお!よしっ、次はナタっ!」
そんなこんなで、農具のイメージを繰り返しながら具現化される万能農具にあっけを取られていた。
木を切り倒す方法は動画とかで見た事がある。片方に切り込みを入れてから、その反対側に…
(いっちょうやってみるか?)
「そおおれっ!」
「すぱーんっ!!」
大きく振り上げられた斧の刃先は見事に木一刀両断してしまい、たちまち木はオレの方へと傾きかけて今にも倒れてくる。
「あわわわわーー」
(これも万能農具の力なのか?魔法並みの力だ)
イメージしただけで形を変える万能農具はあまりにも便利だった。斧をイメージして木を切り倒す。そしてナタに変えて、木を裁断していく。切れ味が良過ぎるのか、さほど力を入れなくてもすんなり切れていく木々。
これらの作業を何度か繰り返し行い、伐採をして土地を広げて角材を量産した。
これだけの作業量をこなしても汗ひとつかかず、疲れすら感じないのである。
しかし、困ったことにオレは建築技法をまるで知らない。今のところ見渡す限り森しかない土地だ。
いずれにせよ、ビスや留め金となる鉄が必要になるのだが…
ーー資源豊かな山中に魂送ーー
きっとこの山中のどこかに鉱山みたいな資源の塊があるかもしれないし、水源もあるかもしれない。
しかし、探索するにしても今のオレには準備が必要なのである。それに、いくら健康で丈夫な体設定の疲れない体で万能農具があるといっても探索といい、資材の搬入搬出、住居の設計と建設、流石にこの作業量を1人でこなすには限界がある。
マンパワーが足りない。
伐採した木を裁断して角材や板を種類毎に一箇所にまとめ、かれこれ数時間が過ぎた事を知らせる大樹の影だ。日没の知らせである。
今日の目標だった寝床の確保は瞬く間に失敗に終わってしまった。
夜の到来を感じさせる風は、木々を揺らして葉音を木霊させる。その度にこの山中で1人なのだと強く実感させられるのだ。それでも、嫌な気はしなかった。むしろ、心地良い。
感慨に浸っていた訳ではない。
寝床確保に失敗したオレは、大樹の
(ああ、こんな夜には上手いホットコーヒーが飲みたい)
こうして、裁断した木の余ったクズ片を洞穴に持ち込んで、万能農具をノミの姿に変えて食器やスプーン、フォークに加工して、もちろん日本人といえば箸もだ。これだけでも、木しかないこの土地でほんの少しずつだが文化的になっていっているのではないか?と思うのだ。
(案外、夜といっても明るいもんだな?)
この空を眺めると、本当に異世界に来たのだと実感させられる。
それは、2つの月の存在だ。見慣れた月と、その横にピンク色に輝くひとまわりほど小さな月だ。
「明日はどうしようかな?」
夜更けになっても睡魔は襲ってこない。
きっとこれも、健康で丈夫な体設定のせいか疲れを感じないから眠くも無いのだ。いずれは慣れて眠れるようになるんだと思う。
そんな月明かりの下で、オレは朝方まで住居の設計と建築方法を考えることにした。
♦︎♦︎♦︎
「閻魔様!サタンお嬢様がお見えです」
「えっ?また来たの?実の娘だけどパワハラして来るから嫌なんだよね?地獄監獄のクレームとかさ、灼熱地獄じゃあ逆にご褒美だからもっと痛めつけて上げてとかさ?」
「ですが閻魔様…サタンお嬢様は血相変えて、顔の原形がない程に歪めてますが…お会いされた方が良いかと」
「待って待ってえ!それ絶対怒ってるじゃん?やだよもう!公務中で会えないよって優しく伝えて上げてよ?」
「パパあー!ねえ!またパパの仕業てしょ?分かってんだからね?」
「はあーーっ、サタンちゃん来ちゃったのね?もうそんなに怒って、せっかく可愛い顔に産んであげたのに勿体無いよ?」
「うるさい!溺愛変態オヤジ!そんな事より、ツクヨミちゃんの神器無くなっちゃったらしいんだけど、またパパの仕業だよね?」
「サタンお嬢様、いくら実の父親と言えども、間違っても閻魔様ですから口の利き方…」
「うるさいのよ、この縁故執事!神器 万能農具 が無くなったってツクヨミちゃんが泣いてんだけど?パパまた死人に与えたでしょ?」
「うん!与えたよ?駄目だった?」
「ダメに決まってんじゃん?ツクヨミちゃん、ああ見えて農業の神様なんだよ?人界じゃあ崇拝されて祀られてるの知ってるでしょ?豊作祈祷出来ないじゃん?どうすんの?人類滅亡じゃん?」
「ええー、だってそんな大事なモノだったって知らなかったもん!神様がいるから大丈夫でしょ?」
「もう!神様いるからなんとかなると思うけど。それにこの前、別世の人界に魂送した死人だけど、魂送先はどこなの?」
「サタンちゃんそんなに心配しなくて大丈夫だよ。人間関係やらストレスやらを考慮して、人間が近寄らない【淵の森】に送ってあげたからね!」
「ねえパパ?今、淵の森って言ったの?淵の森って強力な魔物の巣みたいなところだし、その人間また直ぐに死んじゃうよ?」
「サタンちゃん、そう簡単には死なないと思うよ?だって、健康で丈夫な体と長生き設定にしてあげたもん。大丈夫でしょ?それにさ?死んだらまた良いモノ与えて上げて魂送してあげればいいしさ?」
「だからなのよ!!いつになっても私たちのボーナス査定が低いのは!パパ分かってる?魂送周期でボーナス査定されてるのよ?そこ分かってる?ねえ!」
世界にある周期で発生する自然災害、
ある人は言う。
神々のお怒りや神々の喧嘩によって、
地震や雷、雨になるとかならないとか……
♦︎♦︎♦︎
➖➖➖➖➖➖
【あとがき】
突然筆を走らせてしまった当新作ではございますが、おもしろいと感じて頂ければ
フォロー登録や
下の⭐︎で評価して頂ければ嬉しいです‼︎
ちなみに、閻魔様のキャラは私自身も好きです
今後、読むにあたってのポイントは、
世情を何も知らない主人公と、これから出会う人物との認識ギャップです。
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