第81話 表にでてない依頼

「んーめぼしい依頼は無いかなぁ」


「そうですね。この時間ですし、誰でも請けられる薬草集めみたいなのしかないです。それであれば私もお役に立てるのですが」


「今日は別のにしよっか? エレーナさんに聞いてみよ?」


 そう話してから受付へと向かう俺を見て、ひそひそ何か喋っている声があちらこちらから聞こえてくる。正確には、俺に背負われているピカソを見て、だろうが。豊満な身体のクリムゾンや、場違いなゴスロリ少女であるアジュールも、正直かなり目立つが、大きなカメを背負って行動する人間の方がどうしても気になる心理を俺は否定できない。


「亀仙人のお出ましね」


 と、エレーナさんがニヤニヤ笑いながら俺に話しかけてきた。俺はハゲで白い髭を蓄えている訳ではないので、俺が想像する人物とは遠く離れていると思うが、この世界の人々がそれを知っているはずもなく、甘んじてそのあだ名を受け入れるしかない。数日の辛抱だし。でも、


「エレーナさんまでそれ言っちゃいます?」


「ここ数日、話題の中心よ。亀を背負った少年がいるってね。だから私もノリよノリ。ケント君と知らない仲じゃないんだし。それによっぽど嫌なら背負ってこなければいいんだし、ケント君だってそこまで嫌って訳じゃないんでしょ?」


「そうですね。気にしてもしょうがないですしね。それに服が出来てもピカソは目立ってしょうがないですから、若干諦めてます」


 人の姿のピカソもその巨大さからかなり目立つ。正直、カメを背負った俺に注目されるのか、でかいピカソに注目されるのか、俺にとってはさほど変わらない。だからもう諦めているってのは本当のところだ。


「で、今日は何かしら?」


 俺の言葉を聞いたエレーナさんが苦笑いを浮かべながらそう尋ねてきた。


「いや、ピカソの服が出来るまでしばらくかかりそうですし、暇つぶしに良い依頼無いかなって」


「そうねぇ。じゃあこんなのどうかしら?」


 そう言ってエレーナさんは一枚の依頼書をカウンターの上に置いた。


「って俺には出されても読めませんよ」


「あ、そうだったわね。失礼失礼。ガーラル湖に沈む城の調査よ」


「ガーラル湖? 沈む城?」


「ええ、ここから数日、移動した先にガーラル湖って言う巨大な湖があるのよ。そこに沈む城を調査して欲しいって依頼なんだけど」


「なんで、これを?」


 俺がエレーナさんに尋ねると同時に、カウンターの上に置かれた依頼書を覗き込んでいたアリアが、顔を上げてエレーナさんにこう尋ねた。


「というか、エレーナさん。これってケント様じゃ請けられないんじゃ?」


「ええ、本来ならね」


「どういうこと?」


 するとアリアは依頼書のとある部分を指で指し示しながら、俺を見てこう伝えてきた。


「これはA級以上じゃないと請けられないって条件が書いてあります」


 どうやらアリアが指で指し示した部分にはそう書かれているらしい。こないだ討伐隊に参加出来なかったのは、そのせいなのだが、今度は逆にその条件を無視して、エレーナさんの方から薦めてきたということだ。


「じゃあなんでそんな依頼を俺に?」


「だって、ケント君が一番強いんだもの。この冒険者ギルドの中で。君が出来なきゃ誰も出来ないわよ」


 エレーナさんは俺の本当のステータスを知っている。これは確実に本音だろう。


「でも、いいんですか?」


「大丈夫よ。この冒険者ギルドの中で、しかもケント君に対してなら、それくらいの融通効かせられるくらいの立場はあるわよ」


 なるほど、エレーナさんの信頼がなせる技のようだ。しかもガイルさんも俺の事を知っているし、何か言ってくるとも考えにくい。


「それにA級だからと言っても誰彼構わず請けられる依頼じゃないわ。だから表に出してない依頼なの。誰にお願いするかはこっちが決める依頼ね。そういう依頼の中の一つよ。この条件なんかあってないみたいなものよ。冒険者ギルド側が許可出しちゃえばね。だから気にしないで請けちゃってよ」


 なるほど、それも道理だ。確かにこの依頼は掲示板に貼って無かったようだ。人には向き不向きがある。強くてもそういう調査には向いてないって人もいるだろうし、逆にそんなに戦えなくても、諜報的なのが得意な人もいるかもしれない。こうやって冒険者ギルドの人と仲良くになれれば、向こうもそういう依頼の仕方をしやすくもなるのだろう。なるべく多く依頼をこなして欲しいと以前ガイルさんからお願いされたのは、こういう面もあるのかもしれない。


「わかりました。エレーナさんに薦められて断る理由なんかありません。アリア、これ請けるように手続きしてもらえる?」


「わかりました。では」


 俺の言葉を聞いたアリアは、早速エレーナさんと共に、先程の依頼を請けるように手続きを始めたのであった。

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