第79話 予備
「ケント様! もう大丈夫です!」
そのアリアの言葉を合図に俺は目をゆっくりと開く。する目の前には筋骨隆々で、とても大きな人がそびえ立っていた。2mはあったであろうツフさんを、ふた周りは超えている。見事に六つに割れた腹筋、盛り上がった太ももや、二の腕、ウェーブがかった綺麗な長い金髪。ただ、それ以上に俺の印象に残ったのは、胸と大事な部分に貼られた三枚の葉っぱだった。
「お前はそこで待機! で、アリア! これはなに!?」
俺は一旦ピカソにその場にて留まるように促し、アリアに状況を確認する。
「え? 先日、ケント様の大事なところに貼った葉っぱですが?」
「いやいや、それは分かってるんだけど! ってなんで持ってんの?」
「先日のようなことが、また起きたらと思って予備をご用意しておきました」
「用意がいいな、さすがアリアだ。ってそうじゃない! なんでこれで大丈夫だと思ったの?」
「だって、葉っぱ一枚あればいいんですよ? 今回は三枚もあるんです! ただ……」
そこでアリアは少し申し訳なさそうな態度を示す。
「た、ただ?」
「実はご用意している葉っぱを全て使ってしまって。この辺には無い葉っぱのようですので、再びご用意出来るまで、出来れば全裸になるのは控えて頂きたく……」
俺はアリアの言葉につい、突っ込んでしまった。
「ならないよ! 全裸に! そもそもあの時だって俺がなりたくてなった訳じゃないし! もうやらないよな! クリムゾン!」
するとクリムゾンはいつもの両手を上にあげて、ビターンと地面に突っ伏した。
「あ! はい! あの時は誠に申し訳ありませんでしたぁ」
俺はクリムゾンのその姿を見て、つい謝ってしまう。
「あ、すまん。本当に怒ってる訳じゃないんだ」
そこまで話したら、ふう、と一息ついて、俺は地の王へ向き直る。
「で、すまん。待たせた。お前が、えっと、地の王で合ってるんだな?」
俺がそう尋ねると、目の前の地の王は口をパクパクと開いたり閉じたりしただけだった。その直後、
「拙者が地の王、パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンディシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソでごわす。と言ってます」
何故か横にいるアリアが、その言葉を発した。
「は? な、なに? なんでアリアが喋ったの?」
その俺の言葉に対して答えたのは、クリムゾンとアジュールだった。
「パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンディシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソは極度の引っ込み思案なんだZe!」
「だから、人の耳では聞こえないくらいの声しか出せないんだゾイ」
「う、うそ! こんなガタイ良いのに!?」
「ケント様、二人の言う通りかと思います。私にもなんとか聞き取れる、くらいの大きさでしたので」
アリアの耳は俺とは比べ物にならないくらい良い。そのアリアが言うのなら間違い無いだろう。何しろ、ピカソの名前を一発で覚えられるなんて芸当、誰にも出来ない。アリアが聞きながら声を発してくれている、と思うのが自然なところだ。
「マジかぁ。って二人は聞き取れるの?」
「オレたちのこの姿は別にマスターの希望でしてるだけだからNa!」
「問題無く聞き取れてるゾイ」
「じゃあ、俺だけが意思疎通出来ないのかよ。カメの姿でもダメ、人の姿になってもらってもダメ。どうすりゃいいんだ」
俺は頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。そんな俺の前で、アリアもしゃがみ込んで、俺を覗き込んでくる。
「そこは私にお任せして頂ければ」
「でも、なんだか少し悪い気が」
「いえ、お役に立たせて下さい」
アリアのこの表情は絶対に譲らないという意思を感じる。こういう時は任せた方が良い。
「じゃあ、お願いしようかな。って前の契約者はどうしてたんだ?」
俺は顔を上げてそう疑問を述べた。
「前のあるじ殿も連れのエルフを介して話をしていたゾイ」
「エルフも人に比べて耳がいいからNa!」
「まあ、前も同じ感じだったなら、そこまで抵抗はないか」
気を取り直して、俺は立ち上がり、ピカソに再度話しかけた。
「で、お前の名前を毎回呼ぶと、
「大丈夫でごわす、って言ってます」
「なんだか、声が遅れて聞こえてくる腹話術みたいだな」
「それは、前の契約主様にも言われたでごわす、って言ってます」
「へぇ、じゃあ前の契約者も日本人なのかもな、ってとりあえず、その姿じゃ目立つから、基本的に具現化はしないでおいてくれ」
その言葉にピカソは首を全力で横に振った。
「嫌でごわす、って言ってます」
「だ、だよなぁ。じゃあ服を買うまで」
「嫌でごわす、って言ってます」
「葉っぱ三枚身に纏っただけの目立つ人を連れて俺は歩きたくないんだよ」
「カメを背負って歩けばいいでごわす、って言ってます」
「いや、それはちょっと」
七つの玉を集めると、願いが叶う龍が出てくる漫画の主人公たちが行った修行のような光景が、俺の脳裏を過ぎった。
「レディに体重のことを言うのは失礼でごわす、って言ってます」
「いや、そういうことじゃなくて、見た目が」
「気にするな、少しの辛抱でごわす、って言ってます」
と、俺がピカソと押し問答を繰り広げている最中だった。
「あ、お、お前は!」
そう俺たちの背後から声が聞こえたのは。振り返ると見知った顔がそこにはあった。
「フランクじゃないか!」
三度のフランクだ。背後に誰かを庇うように立っている。俺がフランクだと気づくと同時にアリアがピカソになにやら話している。恐らく、こいつが誰なのかを説明してくれているのだろう。
「また俺を追ってきたのか!」
「だから違うって」
「俺はもう平和に行きたかったのに! こうなったら!」
その時、大きな指を鳴らす音が聞こえた。恐らくその大きさはピカソが鳴らしたのだろう。
「出ろ! ノーム」
フランクは右手を差し出しそう叫ぶ。が、特に何も起きる様子はない。
俺には心当たりがある。
「もしかして、契約破棄、させちゃった?」
振り向いてピカソに尋ねると、アリアからこう答えが返ってきた。
「クリムゾンもアジュールもやってたと聞いたので、この流れは拙者もやらねば、と思ったんでごわす」
「く、クソ! もう忘れてくれ! 俺の事は!」
フランクはそう捨て台詞を残すと、走り去ってしまった。一人の女性を残して。
「あ、フランク様! 待って!」
すぐさまその女性はフランクを追っていってしまった。
「な、なんか悪いことしちゃったな。ま、まあこれで依頼書にある調査はおわったし、今後も戻ってくることはなさそうって報告でいいかもな。さて、じゃあ戻ろうか」
恐らく、住み着いたのはフランクなのだろう。逃げて行ってしまったので、それも報告してもいいかもしれない。
「ではお願いしますでごわす、と言ってます」
アリアがそう言うと、俺の目の前にはカメと三枚の葉っぱがあった。俺は仕方がないので、そのカメを背負って、村までとぼとぼと歩き出すのであった。
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