第77話 大きな水溜まりの中心で、馬鹿と叫ぶ
「ここ、が依頼書にあった社かな?」
冒険者ギルドを出て恐らく2時間弱と言ったところだろう、俺はとある建物の前でそう呟いていた。
「恐らく、そう、だと思います」
アリアが俺の言葉を受けて、依頼書の裏に書かれている地図とその建物を交互に眺めながら、そう返してくれた。
「期待外れ、っぽいなぁ。神殿って感じじゃなさそうだし」
俺たちの目の前にある建物は神殿と呼ぶには程遠い。柱と屋根はある、がかなり朽ちており、雨風をしのげる、といった程度だ。大きさもせいぜい5人くらい入ればいっぱいいっぱい、と言ったくらいの大きさだった。
「はい、ただ、依頼書にあったような誰か住んでる様子は若干ながらあるようです」
「だな、まあ」
別に依頼書の内容は、誰かいないかの確認、ただそれだけ。少し遠いから見てきて欲しい、程度のことなのだろう。
誰かが住んでいるかの様子は確かにある。火を起こした跡のようなものもあるし、なんなら白いローブのような物も干してあるようだ。ただ、その誰か、というのはパッと見たところ、今はここに居ないようだった。人影は見当たらない。
「魔法陣も見当たらないし、戻ろっか? 誰か住んでそうって報告だけすれば良いんだよね?」
「はい。特に実害も出ていないようで、誰かが住んでいる様子さえ確認出来れば、また違った依頼になるようです。最悪、遭遇した場合はすぐに撤退するようにとも書いてあります。今、この場にいないのは運が良かったかもしれませんね」
多分、確認と観察は違う依頼になるのだろう。期間や対象によって、報酬も変わるだろうし、何しろ危険度も変わるのだろう。実際に相手と交戦になるかもしれないとなると、請られる冒険者も制限が加わってくる。
そう俺とアリアが話している時だった。
「何を言ってるんだZe! マスター! 魔法陣、あるじゃないかYo!」
と、急にクリムゾンが俺たちの会話に割り込んできた。
「は? 何処にもないだろ? 魔法陣なんか」
俺は過去二度、魔法陣を見ている。クリムゾンと契約した時と、アジュールと契約した時の二度だ。
「あるじ殿にはわからないみたいだゾイ。じゃあこうするゾイ」
アジュールがそう言いながら指をパチンっと鳴らした瞬間。俺の足元から大きな水柱が現れ、俺はその水柱のせいで空中高くへと放り上げられてしまった。
「な、何だ!!」
俺は突然の出来事に、ついびっくりしてしまった。でも、唐突にそんなことをされたらびっくりしても仕方ない。しかし、アジュールもクリムゾンと同じように、想像以上に周りの迷惑を省みないとんでもない性格だったようだ。
恐らく俺は数十m、いや、下手したら100以上は飛ばされただろう。そして、着地と同時に、つい叫んでしまった。
「馬鹿!」
「どうじゃゾイ? わかったゾイ?」
が、アジュールは特に俺の怒りに怯えるとかはさほどなく、そんな言葉を投げかけてきた。
「わかった? 何がだよ!」
俺はびちゃびちゃの水浸しになり、とても大きな水溜まりの中心に立ち、まだ収まらない怒りをアジュールにぶつける。
「魔法陣じゃゾイ。とっても大きな魔法陣、見えたゾイか?」
「え? 大きな魔法陣? どういうこと?」
「ここはとてもでっかい魔法陣の中心なんだZe! 上からなら多分見えるZe!」
と、俺の疑問にクリムゾンがそう答えてくれた。
「なんだよ、それ! じゃあ早く言ってよ! そもそも言ってから飛ばしてくれよ! 意味ないじゃん! あーあ水浸しになっちゃったよ」
どうやらこの辺一帯が巨大な魔法陣になってるらしく、それを見せたいがためにアジュールは取った行動だったようだ。だがしかし、突然そんなことをされて確かめられるはずもない。単純にただの濡れ損だ。
「大丈夫だZe! 俺が乾かしてやるZe!」
今度はクリムゾンが指をパチンと鳴らす。するとどんどん周囲の気温が上がっていくようであった。
すると、服も周囲の水溜まりもものの数分で乾いてしまった。
「お、クリムゾン! やるじゃないか!」
「へへん、だZe! でも、ウィリディスの風もあればもっと早く乾くんだZe!」
俺の褒め言葉に豊満な胸を突き出して、クリムゾンはとても偉そうにしている。ってウィリディスと合わせれば、もっと早く乾くとは。まるで乾燥機かドライヤーみたいだな、それ。意外と便利かも。
なんて、俺が思っていると、アジュールが待ってましたとばかりに、口を開いた。
「乾いたようじゃの。また飛ばすゾイ」
「ーって、待て待て! 分かった! 分かったから! もう魔法陣あるって分かっただけで大丈夫だから!」
「わかったゾイ」
別に自分の目で確認しなくても、魔法陣が実際にあると分かれば、俺にはこと足りる。それに乾くとはいえ、またびしょ濡れになるのはまっぴらごめんだ。
「で、肝心の魔法陣の中心はやっぱりあの社なの?」
「そうだゾイ」
「じゃあ、今は誰もいないようだし、さっさと契約しちゃうか」
と俺は皆もそう伝え、社に向かったのだった。
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