第67話 王の命令・再び

「な、なんだ? てめぇは! いつの間に入っていやがった!」


 俺たちが契約の間から出ると同時に、フランクが大声で俺たちに向かってそう怒鳴ってきた。いや、正確には俺たちに、じゃない。俺たちと一緒に出てきた一人の少女に向かって、だが。確かに、入るときは3人、出てきたときは4人。フランクがそう・・考えるのも無理はない。そのさっきはいなかったはずの少女が、いつの間に入ったのか、と。


「おい! てめぇらがきちんと見張ってなかったからじゃねぇか!」


 すぐにフランクは、横にいる奴隷たちに当たり散らした。彼女たちの表情はフードを被っているので見えないが、シュンとした様子はその雰囲気から分かる。当然、彼女たちは全く悪くないことを俺は知っている。見張ってなかったわけではない。普通なら反論するだろう。だが、彼女たちがフランクを否定する様子は見えなかった。普段もそうなのだろう。理不尽なことで怒られているのは慣れているのかもしれない。


「こやつはなにものだゾイ?」


 アジュールは怪訝そうな表情で、台座の上で喚いているフランクを睨んだ。するとその質問には、アリアがアジュールの耳元でこう答える。


「フランクという異世界人です。この水の神殿の神官に最近なった異世界人でして」


「てめぇらは黙ってろ!」


 フランクは一瞬、俺たちを見て、そう怒鳴った。そしてすぐに奴隷たちに向き直って、再度怒鳴り散らしている。俺たちはフランクに怒鳴られはしたが、アリアはフランクの命令を全く聞く気はないようで、アジュールの耳元でこう続けた。


「先日までは、火の神殿の神官だったのです。が、私たちとトラブルがあって、クリムゾンがサラマンダーを取り上げたんです。しかもそれだけじゃなく、もう彼は火の精霊と契約できない、と。どうやらこちらでウンディーネと契約できたようでして、水の神殿の神官になった、とのことです」


「そういえばそんなこともあったような気がするZe!」


「なるほど、バカ竜クリムゾンなら、そうすることも容易いゾイ」


 横でクリムゾンが大きく頷いている。やっぱこいつ今の今まで忘れてたっぽいな。それ・・をしたことを。細かいところは気にしない、おおざっぱな性格のクリムゾンらしいっちゃらしい。普通なら呆れるとこだが、クリムゾンに限っては別だ。

 逆にアジュールは嫌悪感をあらわにしている。関わり合いが全くない相手に対して、なぜかと思うが、恐らくクリムゾンの逆で、感情の起伏が激しいタイプなのかも。アリアが俺たちとトラブル、と言った時に、明らかに表情が変わったから、恐らく俺たちの敵だ、と認識して、のことなのだろう。


「ふむ、なんか人形の話を聞いておると、気分が悪くなってくるやつゾイな」


 するとアジュールは吐き捨てるようにそう呟くと、パーン! パーン! っとまるで柏手を打つかのように、手を二度叩いた。大きな音が部屋にこだまする。どうやらその音はフランクにとって耳障りだったようで、再度俺たちの方に向き直って、喚き散らかした。


「さっきからゴチャゴチャ五月蝿いんだよ! 黙ってろ! って言っただろ! 出ろ! ウンディーネ!」


 と、手を前に出してウンディーネを喚ぼうとするフランク。だが、シーンとしたまま何も起きることはない。


「無駄だゾヨ。このロリBBAもバカ竜クリムゾンと同じことをしてやったゾイ。王の命令で契約の破棄じゃ、破棄。もう水の精霊と契約することは出来ないゾイ」


 フンっと鼻を鳴らしながらアジュールはフランクにそう告げた。当のフランクはその言葉を聞いて、一瞬うろたえたような表情を見せる。


「……は? そ、そういえばあの時も!」


 以前クリムゾンに契約を破棄されたことを思い出したフランクは、この事態を一瞬で理解した。と同時にもう何も手を打てないと悟ったのか、台座から飛び降り駆け出した。


「ク、クソッ! 覚えてろよ!」


「あ! フランク様! お待ちください!」


 神殿の入り口である階段を駆け上がり、逃げていったフランクを、彼の奴隷たちが焦った様子で追いかけていく。


「別にそこまでしなくてもよかったんじゃないかなぁ」


 少し可哀そうだな、と俺は思った。なんせ、今回、フランクは何もしてない。まあ、俺たちに向かって怒鳴ったり、嫌悪感を抱いていたのは事実だろうけど、直接的な被害は皆無だ。なのに、水の精霊との契約を取り上げられてしまった。奴隷の人とも話したこともあったから、より一層そう感じてしまったのかもしれない。


バカ竜クリムゾンに出来て、このロリBBAに出来ないことなぞないゾイ。わがあるじ殿、わかったゾイか?」


 正確にはクリムゾンに出来て、アジュールに出来ないことなんていっぱいあるだろう。クリムゾンは火を操るし、アジュールは水だ。ただ、恐らくアジュールの言いたいことはそういうことではない。火に対してのクリムゾンの影響力と、水に対してアジュールの影響力は一緒だ。ということなのだろう。しかし……


「え、もしかして、理由はそれだけ?」


「そうだゾイ」


 と、事も無げに無い胸を張るアジュール。ただそれ・・を見せたいがため、クリムゾンへの対抗意識のためだけに、フランクは水の精霊との契約を一生できない身体にされてしまったということだった。


「ま、まあ、もう起きてしまったことはしょうがないか。さ、俺たちも行こうか?」


 そう、正直フランクの態度は気に障る部分がないわけではない。アジュールが契約を破棄させたこと自体は、もう別にどうすることもできないので、俺はそう割り切って、神殿を後にするのであった。

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