第57話 三人の奴隷

 俺は目が覚めた少年に近寄ろうとしたが、俺よりも一歩早くアリアが動いた。アリアは屈んで緑色の髪を持った少年の顔を覗き込んで尋ねた。


「大丈夫?」


「大丈夫って?」


 まだ状況が飲み込めてないことを示すかのように、少年はアリアの疑問に疑問で返した。


「身体で痛いところとかは無いかなって」


「ああ、それなら大丈夫です。頭はぼーっとしますけど。ってあなたは?」


「ああ、ごめんなさい。私はアリアよ。君は?」


「アリアさんですね? 僕はボーガンです」


 俺はアリアの背後からボーガンの顔を覗き込んだ。髪と同じ緑色の瞳を持っている。


「俺はケントだ。ボーガンは何でこうなったかわかるか?」


「ええ、僕たちはレオナルド様と行商で各地を廻っておりました。その途中で盗賊に襲われて、レオナルド様たちを逃がそうと僕たちが残ったんです。あ、そうだ!」


 そう言ったボーガンは上半身を起こして周囲を見渡した。


「良かった! スコットとジョンも無事みたいだ」


 ボーガンの声色からは安堵の色が見える。恐らく残りの二人も知り合いなのだろう。


「ってことはそこの二人も一緒に三人で残ったのかい?」


「ええ、僕たちは兄弟三人でレオナルド様にお仕えしている奴隷です」


「奴隷、かぁ」


「ええ、衣食住もしっかりと与えて下さいますし、感謝しております」


「でも、君たちは見捨てられたんじゃないの?」


 ふと発してしまった俺の言葉にボーガンは語気を強めて答えた。


「酷いことをおしゃいますね? レオナルド様に万一のことがあってはなりません。なら僕たちが囮になるのに何の問題がありましょう?」


「あ、ああ。気を悪くしたようですまない。ちょっと奴隷に酷い扱いをしている人を最近見たから、皆そんな感じなのかと」


 俺の言葉にボーガンは眉を寄せて怪訝そうな表情を示した。


「奴隷に酷い扱い? 奴隷は買われなきゃ死ぬだけですから。そもそも生きさせて貰ってるだけで感謝しかないです。棄てられたらそのまま死ぬだけですので。それにレオナルド様はそんな方じゃありません」


「そっか。俺は奴隷がいない地域に住んでてね。奴隷というのを最近まで見たことが無かったから」


 俺はまだ日本での感覚に引きづられてる。まあ、当然のことなのだが。奴隷になった理由は何でかわからないが、その奴隷のボーガンがこういうのだから、この世界の奴隷はそういう存在なのかもしれない。


「なるほど。それなら仕方ないですね。とは言っても、確かに傍から見たら酷い扱いをしている人はいます。でも、そういう酷い扱いをする奴らは大抵異世界人です。きっとケントさんはそういう人を見たんでしょうね。アイツらは同じ人の形をしてますけど、中身は悪魔ですよ。なんであんな奴らがこの世界で大きな顔をするのかわかりません」


 ボーガンも異世界人が嫌いなようだ。まあ、フランクみたいな性格だったり、ロデオみたいに人を襲ったりとかするならそう思われるのかもしれない。

 これはボーガンたちにも俺が異世界人だと知られない方が良さそうだ。奴隷がいない地域に住んでて、と出任せを言って正解だったな。


「さて、そろそろ良いですか?」


 ボーガンは俺との会話を区切って立ち上がろうとした。


「え? どうしたの?」


「そろそろスコットとジョンを起こそうかと思って。レオナルド様も心配しているでしょう。だから無事なら無事でレオナルド様の元に帰らないと」


 俺は奴隷に戻るために帰るのか? と喉まで出かかったがそもそもボーガンには、奴隷という身分に忌避感を抱いていないようだから、それを尋ねることは止めた。

 俺の無言を察してくれたのか、ボーガンは続けて口を開いた。


「僕が七歳の時から十年近く奴隷として働かせて貰ってます。スコットは五歳、ジョンは四歳の時からです。だから、レオナルド様はご主人様ではありますが、親みたいな存在なんです」


 ってことはボーガンは今は十七歳くらい、スコットは十五でジョンは十四か。小さい見た目だからもう少し、三歳くらいは下だと思ってた。


「なるほど。でも、帰るあてはあるのかい?」


「あても何も普通に歩いて帰るだけです。乗合馬車に乗るお金なんてないですし、十日くらい歩けば王都のサファイアパレスに着くと思うので。ベネザの街からカンドの村への街道の分かれ道を北に向かっていけば着きます」


「十日か、長いな」


「僕たちには仕方ありません」


 十日も歩き続けるなんてとても過酷だ。俺とボーガンは黙りこんでしまった。ボーガンも口ではああ言ってるが、なかなか大変だと思ってはいるのだろう。

 すると、アリアがボーガンに優しく話し掛けた。


「ボーガンさん、サファイアパレスってどんなところなんですか?」


「えっと、中心には王族の住む宮殿があります。あと、水の都って言われてて、水路が張り巡らされてます。街の中をボートに乗って移動したりしますね」


 へえ、ベネツィアみたいなところかな? と言っても写真やテレビでしか見たことは無いけど。海外旅行なんて行ったこと無かったからなぁ。

 俺が光景を想像していると、不意にアリアが俺に明るく話しかけてきた。


「ケント様! 私、サファイアパレスというところにも行ってみたいです!」


「え? 急に? どうしたの?」


「ボーガンさんの話を聞いて見てみたくなりました! ベネザの街で馬車を借りて行きませんか?」


 まあ、馬車を借りるくらいのお金ならあるだろう。まだまだ魔石は売るほどある。と言うより売れないんだけどね


「ま、まあ。アリアが行きたいなら俺は別に良いけど」


 俺には特に目的なんかない。アリアがしたい、といったことを優先してあげるくらいは訳無いことだ。


「じゃあ早速ベネザの街に帰って馬車を借りましょう! あ、でもサファイアパレスまで迷っちゃうかもしれませんねぇ。案内してくれる詳しい人でも一緒に居てくれると助かりませんか?」


「ま、まぁ。そ、そりゃねぇ」


 するとアリアはくるりとボーガンに向かって振り返った。


「という訳で、私たちをサファイアパレスまで案内してくれませんか?」


 突然の展開にボーガンは驚きの表情を浮かべている。


「え? 良いんですか? お礼なんて出来ませんよ?」


 アリアの提案に戸惑うボーガンだった。でも、アリアはその言葉に首を横に振った。


「違います。ボーガンさんたちに私たちが頼むんです。お礼をするのはこっちです。ね? ケント様?」


 そこまで言われて俺も察して、ボーガンにこう尋ねた。


「あ、ああ。そりゃそうだ。俺からもお願いできるか?」


「そこまで言われて断る理由なんかありません」


 話は決まった。俺はふとサラさんたちを見ると、こちらを見ている。サラさんたちはこちらを待ってくれていたみたいだ。これ以上待たせる訳にいかない。


「さ、じゃあスコットとジョンを起こして一旦ベネザの街に帰ろうか」


 俺の言葉にボーガンは頷いてから立ち上がった。


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