第56話 アレックスの目覚め

「では、そろそろサラさんを中に」


 ガイルさんたちが小屋の外へと出ると、入れ替わりに外で待っているサラさんだけを、アリアが小屋の中へと招き入れようとした。


「あれ? クリムゾンは?」


 別にサラさんが中にいるってことは外を見張る必要もない。サラさんに何かないように見張り、という建前・・だったから。だから俺はアリアにそう尋ねた。


「なんですか?」


 するとアリアが冷ややかな笑顔を俺に見せた。俺は背筋が急に冷たくなったような気がした。いつも通りの可愛い笑顔、だけれども目は全く笑ってない。多分、いや、やっぱり怒ってるみたいだ。


「え? あ、ごめんなさい」


 俺はアリアの無言の圧力に耐えきれずに、つい謝ってしまった。でも、アリアはその笑顔を崩すことなく答えた。


「どうして謝るのですか? ケント様は何も・・・・・・・悪くないのに?」


 こ、こわいんですけど。何も悪くないとは言っているけど、俺に怒ってるのかクリムゾンに怒ってるのか判断に困る。せっかく俺に作ってくれた服をクリムゾンに燃やされたことを怒ってるのか? と思ったけど、それ以外も何かあるのかもしれない。それかベネザの街に二人で向かってる間に何かあったか。と、ともかくここは触れない方が良さそうだ。


「い、いや、特に何も! そ、そうだよね! 早くサラさんに中に入って貰おうか? アレックスも起きそうだし」


 アレックスたちもまだ起きてはいないが、寝返りをうったり少しづつ動いている。目覚めも近いのかもしれない。


「かしこまりました。サラさん! 中へどうぞ」


 俺の言葉に呼応してアリア扉を開いてサラさんを呼び入れた。するとサラさんは少し焦った様子で中に入ってきた。


「アレックスは!?」


 さすがに心配だったのだろう。でも外で待っててくれたのは有難かった。サラさんはアレックスの姿を確認すると安堵したようだった。そしてまだ横たわっているアレックスに駆け寄った。


「アレックス! 大丈夫なの?」


「う……う……」


 サラさんの呼びかけにアレックスが返事をするように少し呻いたような声をだした。アレックスが覚醒するのも近いかもしれない。


「良かった、無事なのね」


 アレックスが生きていることを確認して安心したのか、サラさんがアレックスの胸に手を置いて横にへたり込んだ。しばらくすると、アレックスは苦しそうにその手を軽く払い除けた。と、同時にアレックスから声が漏れる。


「うーん。あ、あれ? サラさん?」


「アレックス! 良かった!」


 どうやらアレックスが意識を取り戻したようだった。ぼんやりとサラさんの名を呼ぶアレックスを、サラさんはぎゅっと抱きしめた。


 一度抱きしめたアレックスをサラさんは一度放してから尋ねた。


「大丈夫? 痛いところとかはない?」


 目を閉じてアレックスは自分の身体を確認しているようだ。少しづつ身体を動かしたり、首を捻ったりしている。アレックスは一通り確認した後に目を開き、サラさんをじっと見た。


「ええ、大丈夫です。まだ頭はぼんやりとしてますが」


「そう、良かった」


 サラさんからは安堵の色が見える。探していた人物が、無事に見つかったんだから当然だ。

 ただ、アレックスは事情も飲み込めないようで辺りを見渡している。すると、俺を見てから不思議そうな表情を浮かべた。


「あれ? あなたの顔、見たことあるような気がします。夢の中で見たような」


 俺とアレックスはこの事件の前に会ったことなんかある訳はない。俺はこの世界に数ヶ月前に転移してきたばかりなんだから。ってことは操られてる間の記憶という事になる。だったら見たことあるような気になるのも当然かもしれない。何処まで記憶があるか確かめておこう。


「アレックス。君はとある人物に操られてたんだけど、その記憶はあるかい?」


「いえ……でも、そう言われればそんな気もします」


 俺の質問にアレックスは首を傾げた。まだ頭がぼんやりとはしているようだった。


「何処まで記憶があるんだい?」


「そうですね。ゼフ婆のところから帰る途中ですか。森の中で盗賊に取り囲まれて。その中の一人が、右手を見せてきたところくらいまででしょうか。気がついたら、今です」


「なるほど。操られてる間の記憶はほとんど無い。でも、俺の顔を見たことあるような気がするということは、全く記憶が無い訳じゃなさそうだ」


 多分、俺が記憶に残った瞬間は夕方に俺たちが襲われた時だろう。さっきは殆ど俺の顔を見ている暇は無かったはずだ。小屋から出てきてすぐに操られている状態から開放されたから、その時は見てないはず。ただ、俺の顔もぼんやりと覚えてるならクリムゾンの顔も覚えてるかもしれない。操られてた状態の中でも逃げ出すような火柱を出したクリムゾンだ、顔を覚えているなら無意識で恐れてる可能性もあるかもしれない。今は外で待たせてて正解だったかも。


「アレックス。冒険者ギルドのマスターから、身体が大丈夫なら冒険者ギルドに来るように言われてるわ。可能だったらという話だけど。今回のことを聞いておきたいみたい」


 サラさんがアレックスにやさしくゆっくりと話しかけた。まだ意識がはっきりしないアレックスに配慮してのことだろう。ガイルさんが話を聞きたい、ということだった。長生きしているゼフ婆ですら記憶の片隅にしかない紋章の力を調べたいと思うのも当然のこと。普通ならアリアの言葉を信じてここに来ることもしないだろう。俺の弱体紋の存在を知っている二人だから信じてくれたと言っても間違いない。


「うーん。こ、ここは?」


 その時、アレックス以外の少年のうちの一人が目を覚ましたようだった。

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