第58話 出発
ガイルさんは、ボーガンたちにもアレックスと同様に話を聞きたいと、ボーガンたちを冒険者ギルドに連れていった。少し時間がかかるようだったので、ボーガンたちを宿までの道案内する必要もあるから、とアリアたちも同行してくれた。俺も残るつもりだったが、アリアは俺が疲れてるだろう、と無理にでも宿に帰らせようと聞かなかった。こうなると俺が折れた方が早い。だから俺は先に帰って簡単な食事を済ませながら、カフェのマスターに一通りの出来事を話していた。
「サファイアパレスかぁ」
コーヒーのようなほろ苦い飲み物を食後に、と、マスターは俺の前にコトリと起きながら呟いた。
「ええ、せっかくだし行ってみたいとアリアがね」
「と、すると乗合馬車かい?」
「いや、今回は馬車を借りようかと思ってて」
「ほう、そっちの方が高いぞ? 別に三人を連れてくだけなら乗合馬車の方が安いだろう」
「それはそうなんでしょうけど、ボーガンたちを連れていく口実にちょうど良くて。乗合馬車だと彼らのお金も俺たちが負担ってなると気が引けるでしょう? だから俺たちの旅に同行させる形にしようかなと」
「ふむ、なるほどなぁ」
そう呟くと、マスターは残念そうな表情でゆっくりと頷いた。
「エレーナも気を許してるみたいだし、少し残念ではあるがな」
「残念って?」
「いや、だってそりゃ大きな街の方が良いだろうよ。色々と、な」
少し諦めの色が見えるマスターの声色から俺は何となく察した。マスターは俺たちがこの街を後にして旅に出るのだろうと思っているのかもしれない。まあ、マスターから見たら俺たちはフラリと街にやって来ただけだし旅して廻っているように見えるだろう。でも、俺は知り合いが殆どいないこの異世界という土地で、とても良くしてくれたエレーナさんやガイルさんと、もう会わないという考えは毛頭無かった。
「ああ、すぐに帰ってきますよ。馬車も買うわけじゃない、借りるだけだし」
「ふむ。まあ、それもそうか」
借りたからには返さなきゃならない。だからこの街に帰る理由にはなる。実際に長い旅をするなら買うのもいいだろうが、別にまだ俺はそんなつもりはない。
「とは言っても気も変わるかもしれんからな。馬車はエバンスで借りた方がいいだろう」
「エバンス? ですか?」
俺は初めて聞く名に疑問を示した。馬車を専門に扱ってる店の名前かな?
「ああ、大きな商会だよ。色んな街で様々な商いをしている。ある程度大きな街ならだいたい支店があるはずだ。この街にもあるし、当然サファイアパレスにもある。そこで借りるといい」
「でも、どうしてそこがいいんですか?」
「大きな商会だから各地に支店があると言っただろう? 小さな店で借りるより値段は高いが、手数料を払えば支店でなら乗り捨てすることも出来るんだ。すぐに往復する予定でないならそっちの方がいいだろう」
俺は車の免許は持ってないが、大手のレンタカーでは同じようなシステムがあるというくらいの知識はあるし、マスターの言っていることはすんなりとイメージすることが出来た。
「それは良いことを聞きました。と、終わったみたい」
俺はアリアたちが店内に入ってくる姿を見つけた。アリアもカウンターにいる俺に気がついたようで、まっすぐにこちらに向かってくる。
「じゃあ俺たちは色々準備をしてくるから、ボーガンたちに何か食べさせてあげて下さい」
「ああ、分かったよ」
俺はそう言ってボーガンたちをマスターに任せて、アリアたちを店を後にした。
カフェのマスターに場所を聞いた俺たちはエバンス商会に程なく辿り着く。街のほぼ中心部にある三階建ての大きな建物だ。ベネザの街で一番大きな建物になると思う。実際の素材はレンガかわからないが、レンガ造りの家のように、石を敷きつめて出来ている頑丈そうな建物だった。
俺たちは重い金属で出来た扉をギイっと開けて中に入ると、意外と小さな小部屋に机が一つ置かれていた。そこに茶色のボブヘアーのような髪型をした女性が一人で座っていた。
奥に扉もあるが、恐らく受付? といった感じなのだろう。商会と聞いたけどあまり一般の人が立ち寄るような場所ではなさそう。商店同士を繋ぐような仕事が主なのかもしれない。
俺は少し場違いな気がした、が、怯んでいても始まらないのでその女性に話しかけた。
「馬車を借りに来たんですけど……」
するとその女性は笑顔で言葉を返してくれた。
「ご予約でしょうか?」
その様子は、女性にとってごくごく当たり前のことのように感じた。さっきは場違いに感じたが、意外と普通に俺みたいな人間が借りに来る人は多いのかもしれない。
「まあ、そうなりますね」
「申し訳ありません。今は出払っていて、明日以降ならご予約が出来ます」
女性は手元の紙をパラパラと捲りながら答えた。予約状況でも書いてあるのだろう。
「なるほど。結構借りたい人も多いみたいですね」
「お陰様で。いかが致しましょうか?」
「うーん……ちなみに値段はどれくらいなんですか?」
値段も聞かずに借りる訳にもいかない。払えない金額じゃ借りれないからだ。
「一日一万クローネです。ご希望の日数分を前もってお支払い頂く形になりますね」
ということはどれくらい借りればいいのだろうか? こういうことは逆に聞いてしまった方が早いかもしれない。
「サファイアパレスまで行きたいんですけど」
「なるほど。では片道五日といった所でしょうか? 往復で十日ほどかと思われます。ちなみにサファイアパレスでしたら、当エバンス商会の支店も御座いますので、そちらにお返し頂くことも出来ます」
その女性はスラスラと答えてくれた。こういう質問も多いのかも。
「ちなみに違う支店で返すと手数料がかかると聞いたんですが」
「ええ、お貸しした支店以外での返却は一万クローネとなります」
ってことは六万クローネくらいかな、かかる金額は。
カフェのマスターは他より高いとは言っていた。相場は知らないが今の俺が持っているお金だけでも支払いに問題は無いし、彼のアドバイスに従った方が良さそうだ。安い馬車を借りられるところを探すのも手間がかかるし。
ってか、よくよく考えれば、馬車を借りて旅をするのはボーガンたちがいるからだ。サファイアパレスでボーガンたちをレオナルドさんとやらに返したら、俺たちはクリムゾンに乗って帰ってくればいいんだし。そっちの方が早い。
と考えるとエバンス商会で馬車を借りるのは結果的には安くなるかも。うん、俺たちにとってメリットしかないな。
俺はひとつ頷いてから女性に言葉を返した。
「じゃあ予約します」
「ありがとうございます。ではこちらの紙にサインを、あと注意事項も書いてありますのでお読みください」
と、なるとアリアに任せるしかない。俺は読み書きが出来ないからね。
アリアも自分の役割をわかっているので、何も言わずに紙を読みながらサインをしてくれる。判断に困るようなことがあれば聞いてくるが、その様子もない。ほけーっと横にいる
「はい。ありがとうございます」
女性はアリアがサインをし、代金を受け取ると代わりに一枚の紙を出してきた。
「これをお持ちになって町外れの馬車小屋までお越しください」
紙の裏は地図になっていて、小屋の場所が書かれていた。アリアがそれを受け取ったことを確認した俺たちは、用も済んだのでエバンス商会を後にしたのだった。
「これで大丈夫かな?」
「ええ、用意した荷物は全て載せました。サファイアパレスに行くには充分だと思われます」
翌日のこと、用意した荷物を馬車に載せて一段落だな、と俺は呟いた。それに対して答えてくれたのはスコットだった。荷物を運んだり、用意も含めてボーガン、スコット、ジョンの三人は率先して手伝ってくれた。
俺たちは旅の経験など無い。クリムゾンは過去に旅をしたことはあるにはあるが、クリムゾンの知識じゃ不安しかない。しかも一万年も前の話だ。レオナルドさんと行商で各地を廻っていたボーガンたちの経験はとても役立った。
借りた馬車は十人くらいが対面で座れるようになっており、六人の五日分の荷物を載せてもまだ余裕はある。
「いい子ですね。この子は」
ボーガンが繋がれた馬を撫でながら優しい目でそう呟いた。御者はボーガンたちの三人が代わる代わるにやってくれることになっている。当然貸し出される程の馬だし操り易いのだろうが、それでも俺たちにはそんな経験はない。そこもボーガンたちの経験に頼ることにした。
とは言っても今後のことを考えると馬を操る経験も俺たちには必要だろう。だからアリアが率先して教わるということになっている。
最悪、人目を気にしなければ、クリムゾンが馬を担ぎながら馬車を引っ張ることもできるだろうけど、注目を浴びるし出来れば避けたい。というか、討伐対象になりかねない。
馬を操る方法をクリムゾンが覚えたところで不安しかないし、そもそも覚えられるイメージが湧かない。アリアには負担ばかりかかるが、クリムゾンには変に暴れたりされるよりも、大人しく座っていてくれた方がマシだ。
「気をつけてね」
エレーナさんが見送りに来てくれた。冒険者ギルドへの出勤時間はわざわざずらしてくれてのことだった。
「ありがとうございます。でも、ボーガンたちを送り届けたらすぐに戻ってきますよ?」
だからと、見送りは断ったけれども、せっかくだから、とエレーナさんは来てくれた。それは本当にありがたいことだと思った。
「それはそれで嬉しいけど、せめて観光気分で見て来なさいよ? 水の都と呼ばれてるくらいだし、サファイアパレスには水の神殿もあるわよ」
「なるほど……それは良いですね! 水の神殿には絶対に立ち寄ることにします!」
これは朗報だ! 水の神殿でアジュールと契約が出来れば旅で水に困ることも無くなるし、クリムゾンが暴走しても対抗してくれるかもしれない。それにエレーナさんが言う通り観光気分で見て回るのはいいかも。急ぎの旅という訳でもないし、それくらいの時間はあるだろう。
「ケント様、準備は出来ました」
エレーナさんと話している間に出発の準備は終わったみたいだった。気づくとアリア以外は既に馬車に乗り込んでいるようだった。俺はアリアを見て、一つ頷いてからエレーナさんに向き直った。
「それじゃあ行ってきます」
俺はエレーナさんにそう告げて馬車に乗り込んだ。
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