第54話 葉っぱ

「な、なんとか消し止めたか……」


 俺は小屋にあった魔導具でなんとか火を消し止めた。この魔導具も奪った物かもしれないが、そんなことは気にしていられない。緊急事態だったから。


「あ、あの、これを」


 焼け跡を見つめる俺にアリアが声をかけてきた。アリアは顔を伏せ、視線を俺から外したまま、おずおずと葉っぱを差し出す。顔くらいのサイズがあるとても大きな葉っぱだった。

 そのアリアを見て、俺は思い出した。すっかり忘れていたが、俺は今、フルチン丸出しの全裸だ。ハッとして片手で大事な所を隠しつつ、アリアの差し出した葉っぱを受け取った。


「え? 葉っぱ?」


 アリアの意図は多分わかる。が、これで隠せっていうのか? あそこを? この葉っぱで?


「葉っぱ一枚あればいいんです!」


 そ、そこまで言うなら。


「でも、そもそもつくのか? これ?」


「これは裏がちょっとくっつきやすくなってるので……」


 俺は裏返して軽く触ってみる。確かに手にくっつくような感覚だ。これなら落ちないかな。


 ピタッ!


 うん! 大丈夫! 落ちない! って全然、大丈夫じゃないけど! ったくクリムゾンめ! またやらかしてくれやがって! って、あ! そうだ! クリムゾン! あいつ何考えてたんだ!


「ちょっとお前はここに座ってろ! 逃げようなんて思うなよ?」


 俺はぼーっと立っている盗賊を一喝した。クリムゾンに問いただそうと思ったからだ。その間、盗賊が目障りなので座ってるように命令した。


「ひゃ、ひゃい!」


 変な声をあげてバッと勢いよく座る盗賊を後目に、俺はまたも両手をあげて地面に横たわっているクリムゾンをキッと睨みつけた。ってかこいつ地面に横たわっている率高すぎないか?


「おい、クリムゾン? どういうつもりだ? お前、操られてなんかなかっただろ?」


「はい。こいつにご主人様の強さを見せつけてやろうかな、と思いましてぇ」


 クリムゾンは今にも消え去りそうな声で力無くそう呟いた。


「??? どういうことだ?」


「こいつは最初に会った時、ご主人様を舐めた態度を取りましたので。でも、オレの炎は怖がってたんで、オレの炎にビクともしないご主人様を見せつけたら、ビビるんじゃないかなって、一瞬思ってしまいましたぁ」


「ビビる、かぁ……」


 俺は盗賊に軽く視線を移した。確かにクリムゾンの言う通り、ビビって俺の言うことを聞くようになった。今はぶるぶる震えながら座り込んで、逃げる様子もない。


「まあ、確かに効果覿面だったみたいだな」


 俺がボソリと呟くと、盗賊はブンブンと何度も全力で頷いた。もう逆らおうとする意思すら生まれないようだ。


「ってかどうしようかな。こいつは」


 そう、俺たちはアレックスを探すという目的しかない。盗賊の存在はあくまで副産物でしかない。処遇に悩む。


「とりあえずガイルさんに相談してみるしかない、か。でも」


 俺の気がかりは盗賊の紋章の力だ。人を操れるという紋章。どうやら少年たちはその能力から解き放たれたようだが、クリムゾンを操ろうとした結果だ。他の誰かを操って、その人が暴れられると正直困る。


「おい、お前の紋章について聞きたい。断ったり嘘だと分かった時はどうなるかわかるな?」


 そう言って俺は視線をクリムゾンに移した。


「勿論です! 何でも話します!」


 盗賊は命の方が大事だと言わんばかりの勢いで頷いた。そりゃそうなる。クリムゾンの服を一瞬で焼き尽くす程の炎の威力と、それにビクともしない俺の実力を見せつけられたんだ。恐れるのも当然のことだった。


「そうだな。まずは、名前かな。お前って言うのもなぁ」


「名前ですか? ロデオです」


 ロデオはあっさりと答えた。俺の名前を知りたいという様子もない。まあ、俺の名前は別に教える必要もないし、アリアも俺の名前を普通に呼んでるし推測はつくだろう。


「ロデオか。紋章もあるし、異世界から召喚されたんじゃないか?」


 名前や顔からは東南アジア系の感じがする。が、地球以外の異世界の可能性もあるので場所に関して、俺は特に尋ねることはしなかった。


「ええ」


「じゃあそのお前の紋章について知りたい」


 俺はそう言ってチラリとクリムゾンを見た。当の本人はまだ両手を上げて突っ伏してるが、これだけでロデオは意図を察するに充分だった。ロデオはゴクリと唾を飲みこんで頷いた。クリムゾンに殺させると理解したのだろう。この状況をみて、俺とクリムゾンの立場の差を理解出来ないやつはほぼ居ないだろう。

 俺はまだ人を殺せるほどドライになり切れない、と思う。今もこいつを殺したいと思わないし、正直、躊躇いはある。でもクリムゾンは躊躇いもなくあっさりと殺せるだろう。俺の命令なら尚更だ。


「その紋章は人を操れるようだけど、条件を教えろ」


「条件ですか? まず、この紋章を見せること。そうすれば、ほぼ意のままに操れます。あとは相手が強すぎると操れません」


「強すぎる? 具体的には?」


「えっと……確か、総力? ってやつの合計が俺より下じゃないと操れません。人数は制限無いんですが、合計の総力が俺、以下です」


 なるほど、最大でロデオの総力以下の戦力までしか操れないのか。だからかなり強いと判断したクリムゾンを操ろうとした時に、他のを解除したんだな。残りの総力ではまず無理だと判断し、クリムゾンの魔力はロデオより強いだろうと思ったが、他の部分で勝る分があれば、総力で上回る可能性もあるかと思って、一かバチかの賭けに出たのか。


「なるほどな。だから弱そうな人間を操って、人数を多く見せて盗賊をしようとしたのか」


「え、ええ。俺には人を殺せるほどの力も度胸もありません。通りがかりの弱そうなのを襲って、操って少しずつ人数を多くしてっただけです」


「アレックスはそれに巻き込まれたってことか」


「アレックス?」


 ロデオは不思議そうな声で尋ねてきた。


「ああ、アレックス。俺たちは依頼を受けてあいつを探してたんだ」


 俺はまだ意識を取り戻してないアレックスを指さした。


「なるほど。俺があいつを襲ってなければあんたたちも来なかったかもしれない。ってことか」


「まあ、他の依頼次第でどうかわからなかったけどな。さて、お前をどうしようかなぁ」


 俺たちの目的はあくまでアレックスだ。でも、それ以外の人たちもだし、何しろロデオをどうするかが問題だ。


「やっぱりガイルさんに頼るしかないか。ガイルさんなら操られないだろうし」


 ロデオをこのまま野放しにする訳にはいかない。かといって連れ回すのも嫌だ。この世界のシステムは正直よくわからない。警察みたいなのもあるかもしれないし、あるとしてもそれは国によって違うかもしれない。

 となると正直なところ俺の知り合いに任せたい。数少ない知り合いの中で、この状況でお願いするとしたらガイルさんが適任だろう。総力によってというならガイルさんならロデオ以上の総力を持ってる可能性が高い。冒険者ギルドのギルドマスターだし、以前は冒険者もしていたと言っていたのもポイントだ。


「なら、私が呼んできます。この人を誰かが見張ってないといけないだろうし」


 アリアが俺にそう言った。でも、ベネザの街までさほど遠くないが、アリアに任せるのは少し悪いと思った。昼に起きてから今まで夜通し動きっぱなしだったからだ。でも、早いに越したことはない。だったら逆にアリアたちに残って貰って、ガイルさんたちを俺が呼びに行った方がいいだろう。


「いや、俺が呼びに行くよ。アリアはクリムゾンと残って見張っててくれ」


 だが、俺の言葉にアリアが首を激しく横に振った。


「ダメです! そんなの! そんなことしたらケント様が捕まってしまいます! お忘れですか? ご自身のお姿を!」


 アリアは勢いよく、そして顔を少し紅らめながら俺の股間を指さした。余った方の片手で軽く顔を隠して。俺はゆっくりと自分の下半身に視線を落とし、アリアの言う意味を理解した。

 あ、確かにその通りかも。この世界の法律なんて知らないから、捕まるかわかんないけど、この恰好はよくよく考えると恥ずかしい……

 なんせ葉っぱ一枚なんだから……


「そう、だね……じゃ、じゃあアリアに任せよう。ガイルさんにはステータスを測る水晶を持ってくるようにお願いしてくれ」


 俺やクリムゾンは操られないが、ベネザの街でトップクラスでステータスが高いfであろうガイルさんでも、ロデオのステータスに勝てない場合もある。その時はどうするかまた考えなければならない、が、ガイルさんが操られては困る。だから前もってロデオのステータスを調べる必要があるので、俺はアリアに水晶を持ってくるように頼んだ。


「あと」


「わかってます! 服も何か持ってきます!」


 そう言って早速街に向かって走り出した。さすがアリアだ。どっかの突っ伏してる誰かさんと違って頼りになる。ってでも、アリアだけじゃ道中何かあったら危ないか


「おい! クリムゾン! いつまでそうやって突っ伏してるんだ? お前もついて行くんだよ! アリアに何かあったらタダじゃ済まな……」


「は、はい!」


 俺の言葉に焦って起き上がったクリムゾンは、みなまで聞かずに颯爽とアリアを追いかけて行った。


「さて、と。待つにしても、このままって訳にもいかないか」


 俺は辺りをぐるりと見渡した。既に操られてはいないがアレックスたちもその場でまだ気を失ったままだからだ。


「そろそろ小屋の中も大丈夫だろう。ほら、ロデオ! お前も手伝え。皆を中に運ぶぞ。もし、ことわ……」


「もちろんです! 断るはずがないじゃないですか!」


 ロデオはすぐに近くに倒れていた少年を抱えてる小屋の中に入っていった。

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