第53話 クリムゾン乱心

 クリムゾンはピタリ、と小屋の前で立ち止まった。そして小屋に手を当てると特に何もする訳でもなく、その場に留まっている。


「クリムゾンは何してるんだ?」


「さ、さあ?」


 俺とアリアはクリムゾンから視線を外さずに話した。アリアにも検討がつかないようだ。特にクリムゾンに変わる様子は無かった。

 が、森は別だった。もう夜も更けたはずなのに、急に鳥が飛び立ち、リスやウサギのような小動物がせわしなく逃げ出し始めた。


「何かが? おきてる?」


 俺は辺りの様子に疑問を持つが、アリアは異変を感じたようだった。


「ケント様、少し暑くなってきました」


 そうか! クリムゾンは小屋の中の温度を上げてるんだ! そういえばすっかり忘れていた。アリアは五勘が鋭いから、森の動物と同じく温度の変化も敏感なのか。


 確かにそう言われてみれば少し気温が上がってるようだ。でも、あの様子だと小屋の中の温度を重点的に上げてるのだろう。だけどその余波で周囲の温度も上がっちゃってるってことなんだな。

 って事は小屋の中の温度は相当高くなってるはず。そう、まるでサウナのように。そんな温度じゃ寝てても起きるだろうし、暑い中で顔を覆ってたら息苦しくて仕方ない。そんな状況じゃマスクも脱ぐだろうってことか。まるで北風と太陽だな。上手く行くといいが。


 しばらく待つと小屋の中に明かりが灯った。どうやら異常事態に盗賊たちが起きたようだ。何を言ってるかは聞き取れないが、中が騒がしい。きっと、暑い! だの、何が起きてるんだ! だの、そんなところだろう。


 さきほど、盗賊たちはクリムゾンの火柱を見て慌てて逃げ出していた。きっと同じようにパニックに陥るとまずはその場から離れようとするはず。恐らく小屋から飛び出てくるに違いない。


 俺がそう思って見ていると、中から一人の男が飛び出してきた。下着一枚で上半身は既に裸だ。顔を布で覆ってる様子もない。直感で東南アジア系のような顔だな? と思った。年齢はよくわからないが中年だろう。右手に紋章のようなものが見えるし、やはり異世界召喚された異世界人なのだと思った。

 その後ろから残りの盗賊たちが、フラフラとおぼつかない足取りで小屋から出てくる。皆かなり若くみえる。どうやら少年たちを何人か操っていたようだ。その中に探していたアレックスの顔を見つけることが出来た。

 でかした! クリムゾン!


「なんでお前がここに!」


 一番最初に出てきた盗賊はクリムゾンを見て驚き狼狽えた。そりゃ予想してない事態なのだから仕方ない。しかもさっき逃げ出したようなほどの強さの相手だ。かなり焦るのも当然のこと。


「クソッ! 一か八かだ!」


 そう言って盗賊は右手の紋章をクリムゾンに見せつけた。


 すると、その紋章を見たクリムゾンの身体が一瞬ビクッ! と跳ねたように見えた。

 と、同時に糸が切れたかのように少年たちが力無くその場に崩れ落ちる。どうやら彼らは異世界人からの支配から免れたようだ。全員の意識は今は無いようだった。

 そして、紋章を見せつけた盗賊は少し悔しそうな表情を浮かべていた。


「クソッ! やっぱり無理か!」


「こりゃ、操られちまったZe!」


 そう言ってくるりと向きを変え、俺に向かってクリムゾンはフラフラと歩き出した。


 え? 盗賊の反応は操れなかったっぽくない? え? え?


 俺は今の状況がよく掴めずに動揺してしまった。だけど視線を盗賊に移すとそいつも同じく動揺している。何が起こっているかわからない、といった様子だ。当の本人もわからないなら、俺にもわかるはずはない。い、いや、逆だ。俺だからわかるのか。


 クリムゾンのことだ。きっと調子に乗って操られてるフリをしてるのかもしれない。いや、絶対そうだ。ってことはクリムゾンのことだ。調子に乗ったクリムゾンが次にやりそうなことは!


「アリア! 俺から離れろ!」


 俺は怒鳴った。後先や周りのことを全く考えないクリムゾンなら、俺に炎を放つくらいのことはやりかねない。だから俺はアリアへすぐに俺から離れるように指示を出した。


 と、同時にクリムゾンがゆらりとその右手を俺に向けた。


 次の瞬間、俺の視界は一瞬で真っ赤に染まった。クリムゾンの放つ火柱が俺の身体を包み込んだからだ。全ての物を焼き尽くすであろう威力を持つクリムゾンの炎。外から見たら俺はそう思っていた。だが、それは違った。クリムゾンの炎はすべての物・・・・・を焼き尽くすことはできない。焼き尽くせない物、それは俺の身体だ。クリムゾンの炎は俺の身体に少しもダメージを与えることは出来ない。なんせ俺の抗魔のステータスもバグってるから。チリチリと肌を焦がす、くらいしか俺には影響がない。


 しかし、クリムゾンめ。操られているフリとはいえ火を使うなんてな。俺の指示を完全に忘れてやがる。森に燃え移ったらどうすんだ? もう魔導具は無いし。ってそうだ! 小屋だ! 盗賊たちが生活してたってことは水を生み出す魔導具もあるかもしれない! もし無かったら……まあ、その時はその時だ! とりあえず早く水を探さないと!


 俺はそう考えて火柱の中から飛び出した。すると、目の前の光景が信じられない、といったような盗賊の呆然とした表情が俺の視界に入った。クリムゾンが操られた様子だったことや、その放つ炎の威力。そして、無傷の俺。どれもが盗賊の想像の範疇にないのも当然だ。

 そして俺を火柱に包み込んだ当のクリムゾンも、予想していなかったかのような驚きの表情だった。少しは俺にダメージを与えられるとでも思ったのか? だが、今はクリムゾンを気にしている暇はない。この火を消し止めないと! と思った瞬間だった。


「キャー!」


 そう、その瞬間、俺が火柱から出た直後だった。アリアの悲鳴が森の中に響き渡ったのは。


 アリアの悲鳴! 何が起きた! 誰かに襲われたか!


 俺が焦ってアリアを見ると、アリアはうずくまって俺から顔を背けている。


「申し訳ありません! 突然のことで驚いてしまいました!」


 あれ? 襲われたとかじゃない? どうして悲鳴を? 突然って? クリムゾンの炎は確かに突然だったけど。ってそれがアリアが悲鳴をあげた理由? じゃなわけないよなぁ。


 俺は再度クリムゾンを見る。とやはり驚きの表情は変わらない。でも、よくよく見ると、俺にダメージを与えられなかったとかじゃなくて、別の理由で焦っているように見えた。予想外の出来事にあたふたしている様子だった。そもそも俺にダメージを与えよう、とかクリムゾンが考えるのか?


「ご主人様ぁ! すいません! ご主人様ならオレの炎にビクともしないと! わかってましたけど! 服のこと忘れてましたぁ!」


 そう言ってクリムゾンは両手を勢いよく振り上げてビターンと地面に横たわった。恒例の謝罪のポーズだ。


 ん? こいつ今なんてった? ふ、服? だと? 服のことを忘れてたって言わなかったか?


 俺はクリムゾンの言葉に恐る恐る視線を下ろすと、そこには何も無かった。いや、バナナはあった。あと、毛もある。チリチリと毛が燃える感覚はあったが燃え尽きてはいなくて良かった。危うくハイジニーナになるとこだった。あれ? 何言ってんだ? 俺は? 良かった、とか危うく、とかじゃない! ちょっと待て。状況がよく飲み込めないぞ? なんで俺はフルチンでこの場に立ってんだ? あ! クリムゾンの炎か! 俺の身体には何も影響を与えられなかったけど、着ていた服は別なのか? あんな一瞬でアリアが作ってくれた、俺の服を焼き尽くすとは流石クリムゾンの炎! って、そうだ! 関心してる場合じゃない! アリアが作ってくれたんだった! 


 アリアをよくよく見ると、耳が紅くなっているようだ。この状況でわかった。さっきの悲鳴は、いきなり俺が素っ裸になったもんだから上げてしまったんだろう。

 そりゃそうだ。火柱の中から現れたのは素っ裸の男性。変態か! まあ、アリアに限ってそこまでは思わないと思うけど、ってそれどころじゃない! そう、火柱をなんとかしないと!


 俺はとりあえず焦って両手で股間を隠した。それから、呆然と立ち尽くす盗賊に向かって怒鳴った。


「おい! お前!」


「ひゃ、ひゃい!」


 まさか俺から声をかけられると思ってもいなかったのか、盗賊は変な声で返事をしてきた。我を取り戻した盗賊は、俺がクリムゾンの炎にビクともしなかったからか怯えの色が見える。


「小屋の中に水を生み出す魔導具はあるか? あるなら教えろ! 火を消すんだよ!」


「わ、わかりました!」


 この反応はあるってことだな! 助かった! 


 俺の怒鳴り声に対して返事をしてすぐに小屋に向かって駆け出す盗賊を、俺は追いかけた。

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