第52話 日頃の鬱憤

「いいな。打ち合わせ通りだ。クリムゾン、お前は辺りを照らせ。もちろん燃やすなよ? アリア、君の鼻が頼りだ」


 俺たちはカンドの村から森まで、文字通り飛び戻った。既に日は落ちきり辺りは暗くなっている。照らすのは夜空に浮かぶ月と星の光のみ。森の中に差し込み照らすほど強くはない。だからクリムゾンには火を作りだし、辺りを照らす役目を与えた。

 そして、肝はアリアだ。俺たちには匂いの記憶などないし、第一匂いを嗅ぎ分けることも出来ない。アレックスを探せるかどうかは、アリアの鼻だけが頼りだ、と言っても過言はない。


「あとはゼフ婆に聞いた通りだと信じるしかない。というかそれしか信じられないけど」


 ゼフ婆の言葉。俺たちが急いで家を飛び出した直後。思い出したようにゼフ婆は一つの可能性を教えてくれた。ゼフ婆はもしや? くらいの感じだったが、俺はその可能性が高いと思っている。


 ゼフ婆はこう言った。もしかしたら紋章の力かもしれない。と。紋章の中には特殊な力を持つ物もあるらしい。それこそ伝え聞く程度でしかない物だと。

 ゼフ婆は人を操れる紋章について聞いたことがあると語ってくれた。操られてるならまだアレックスが盗賊をしていた理由がわかると。ただ、本当にあるかわからない紋章のことだから、ゼフ婆にはその可能性に賭けるしかない。そんな感じだった。


 でも、俺には伝聞される程度の紋章が存在することを知っている。なんせ俺の弱体紋はその中の一つ、なんなら古い文献にしか残ってない、それこそ伝聞すらされてないような紋章だからだ。しかも、その効果は間違って記されているくらいだ。まあ、もしかしたら、わざと真の効果を隠されていたのかもしれないけど。

 だから伝聞されるような効果を持つ紋章なら、本当に存在している可能性が高い。


「ただ、何故俺を殺そうとしたのか、だな」


「結局それはわからずじまいですね」


 もし操れるなら俺を殺そうとせずに操ればいいはず。でも、さっさと殺そうとしたのが腑に落ちなかった。代わりにアリアやクリムゾンを殺そうとしなかったけれども。


「まあ、紋章の効果、というか縛りみたいのはあるんだろうな。俺の弱体紋も最初はどんどんステータスが下がる効果だったし、同じようなデメリットは紋章事ごとにあるのかもしれない。まあ、全くデメリットがない紋章もあるのかもしれないけど」


「ひとつだけはっきりしてることがあるZe!」


「はっきりしてること?」


「本人に聞いてみなけりゃわからないってやつだZe!」


 クリムゾンが胸を張ってそう言い放つが、俺は少し呆れてしまった。


「本当にお前はなぁ、一万年以上生きてるならそういうの知っといてくれよ」


 クリムゾンは一万年以上存在しているはずなのに、ゼフ婆よりも知識がない。と、いうか関心がない。


「そういう知識はウィリディスにお任せ! だZe! オレは喰う担当だZe! ウィリディスは情報通なんだZe!」


「風の噂、とか表現するから、風王ともなるとそうなのかもな。ってか四王に会う旅なんかもいいかもなぁ」


 俺はクリムゾン以外の精霊とも契約が結べる。四王全員と契約するのも面白いかもしれない。


「それがいいZe! まずはアジュールがオススメだZe! なんせ水を操れるからNa!」


 確かに水が操れるのは旅には大きい。飲み水に困らない。買った魔導具も水を生み出す物ばかりだった。クリムゾンはそういうことを言いたいんだろう。


「オレが暴走して辺りを火の海にしてもアジュールなら消してくれるZe! さっきみたいなことはたぶん起こらないZe!」


「そっちかよ!  ってか暴走すんなよ!」


「アジュールがいないのをすっかり忘れて、いつもの調子で火を使っちゃいけないのは学んだZe! だから最初はアジュールを薦めてるんだZe!」


 それって学んでるのか? ま、まあいい。それはともかく……


「さて、ここが盗賊と遭遇した場所だ。ここから匂いを辿るぞ? アリア、頼んだ」


 俺の言葉にアリアはゆっくりと頷いた。


「あそこです」


 しばらく歩くとアリアはそう言って森の奥を指さした。まるで廃墟のような小屋がうっすらと森の奥に見える。クリムゾンの出している穏やかな光がその小屋を微かに視認させるに至っていた。明かりも灯っておらず、盗賊たちがいるとしても既に寝ているようだった。


 俺はスっと手を挙げて二人を制した。二人は俺の意志を組んでその場に止まり、クリムゾンは灯りを消した。


「よし、じゃあさっき話した通りにするか」


「オウ! オレの出番だZe!」


「そう、クリムゾン。さっきの盗賊たちならお前の魔法を覚えているはず。お前がビビらせて主導権をこっちが握るんだ」


「オウ! 任せろだZe!」


「ただ絶対に火は使うなよ? もう消せないからな?」


「合点承知之助だZe!」


 別にクリムゾンは魔法を使わなくたって、並の人間にどうにかできる相手じゃない。なんせ火の精霊の王、巨大な火竜である。

 でも、それ以上にまずクリムゾンを特攻させる理由がある。ビビらせて主導権を握るなんて出任せだ。お調子者のクリムゾンを乗せるのに丁度いい言い訳だ。


 相手は操れる能力があるかもしれない。そんな相手の出方を見るにはクリムゾンが最適だったから。アリアとクリムゾン。どちらかが操られるとして、クリムゾンの方が、知能が低いから可能性が高そうではある。だが、操れる条件が不明。だったら俺は仮に操られたとしてどっちが対処しやすいかを考えた。


 そんなのは当然クリムゾンだ。仮にアリアが操られたら俺は戸惑うだろう。どうやってそれを解こうかと。逆にクリムゾンなら俺が安心だ。解けるまで何百発でも何千発でも気兼ねなくぶん殴れる。逆に日頃の鬱憤を晴らすのにちょうどいい、って日頃、だと? こいつと契約したのは、昨日だぞ? なんでこんなに短時間で鬱憤溜まってんだ? 俺は……


「っとそうだ。俺たちの目的はアレックスだ。クリムゾンじゃ判断出来ないだろう。アリアみたいにクリムゾンにはアレックスを匂いで判断出来ないからな。だから、とりあえず全員を拘束するのが最初の目標だ」


「オレにだって考えはあるZe! アレックスを認識する方法はあるZe! 魔力で判断出来なくても、さすがに顔を見ればわかるからNa!」


「おいおい、顔を見ればって布を巻いてただろう。もし、あれをまだ巻いてたら見れないぞ?」


 盗賊たちは全員布で顔を覆っていたから、同じ状況ならアリア以外に判断するのは無理だ。しかし、クリムゾンは不敵に微笑んだ。


「フッフッフッ、まぁ見てろ、だZe!」


 そう言葉を残したクリムゾンはつかつかと小屋に向かって歩いていった。

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