第4話 襲われていた少女

 俺は全身鎧の騎士が残した剣を片手に携えて、行くあてもなく魔の森を彷徨っていた。あの、全身鎧の騎士の言葉の通りなら、この右手の紋章は「弱体紋」。戦えば戦うほど弱くなってしまうらしい。ならば魔物と戦うべきでない。だから出来る限り魔物に遭わないように、慎重に木の影を隠れながら歩き回っていた。


 うっすらと暗い森の中では時間の感覚も良く分からない。まだ日は出ているようだけど、出来れば明るいうちに森を抜けたい。ただ、そんな簡単に抜けられるような森なら魔の森、なんて名前がつかないだろうし、第一すぐに抜けられるような場所に棄てるなんてことはしないだろう。わざわざ剣を置いていったのも、逃げられない自信があるからそうしたんだろうし。野宿もやむを得ないだろうけど、さすがに魔物がうろつく森の中で安全な場所なんか無いだろう。最悪、寝ている間に魔物に襲われて……

 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。死が脳裏をよぎったからだ。


 その時だった。


 誰かの叫び声が聞こえたように感じた。女の子の声のようだった。俺は反射的に声がする方に駆け出した。よくお人好しなんて言われる俺の性格が災いしたのだろうが、誰かが助けを求める声をほっとくことなんか俺には出来ない。


 100メートルも離れていないだろう距離を駆け抜けると木の根元にへたりこんでいる女の子と、少し離れた所に少し大型の犬のような生き物が立っていた。恐らく先程の叫び声はあの女の子の物だったのだろう。目の前の魔物に襲われてといったところか。


 俺は無我夢中になってその女の子と犬のような魔物の間に割って入った。さすがに見捨てるのは心が痛む。「弱体紋」とは言っても一度や二度の戦闘くらいは大丈夫だろうと考えてもいた。


 俺は剣を両手に構えて目の前の魔物に対峙しつつ、背中越しに女の子を見ることなく大声で話しかけた。


「おい! 大丈夫か?」


「は、はい!」


「立てるなら俺が戦ってる間にさっさと逃げろ!」


「あ、ありがとうございます!」


 簡単な会話をやり取りすると、背後で女の子が立ち上がる気配がした。俺は目の前の魔物から目を離すことは出来ない。いつ襲ってくるのかわからないからだ。

 背後の女の子の気配は少しずつ離れていくように感じた。ある程度の距離が離れたのか駆け音が聞こえる。もう女の子は大丈夫そうだ。


 魔物の獲物は俺に変わったようで、ジリジリと近寄ってきた。俺も剣を目の前に構えたまま様子を伺う。


 ばっと魔物が飛びかかったので、俺は寸でのところで左に躱して思いっきり剣を振り下ろした。


 ギャウゥゥゥウ!


 大きな鳴き声を上げて魔物がのたうち回る。やがてピクリとも動かなくなってしまった。


「一撃か。思ったより何とかなったな。転移者はそもそもステータスが高くて意外と強いのかもしれない。森を抜けるくらいならなんとかなるかも」


 俺がそう呟くと、魔物が段々と灰色のモヤのようなものに包まれていった。そのモヤが晴れると一つの小さな宝石のような物が残っていた。魔物を倒すとこういう宝石に変わるのかもしれない。その様子を見届けて俺がそう思った瞬間だった。

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