18-1 葬送 A

 長い通路を進んで、別の出入口から街へ戻る。扉の近くにはツチノヤが先行していた。

「ようやく戻ってきたか。また悩んでたのか?」

「まあね。ツチノヤほど物分かりがよくないから」

 僕がそう返答すると、ツチノヤは鼻で笑って「言うね」とうそぶいた。地表への階段を上りながら、呟くような声量で彼は背中越しに話しかけた。

「まったく、『穢れ』って嫌になるよな」

 彼は嫌味のように言葉を吐き捨てた。ツチノヤは地の魔人、とりわけ腐毒を扱うだけに、忌色の穢れ血を撒き散らすクィキリを腹の底で憎んでいるようだった。

 ドワーフは二十歳を境に身体が変化し、男性は筋骨隆々とした小型の老人になる。肉体的な変化と同時に、『成人』したドワーフは『一人前の鍛人』となるために鍛治の技術から忌避の因習まで様々なことを先達の鍛人から教えられるという。ツチノヤはそれが気に入らなかった。とりわけ異界のワタリビトと共に作り出した新たな因習――への信仰は、断固として拒否した。

「俺はこれからも『講釈』を続けるさ。だがへの賛美を語るのは、成人してからは無しだ」

 作戦の数日前、見舞いに来たツチノヤがドワーフの過去を改めて話した時の発言だ。その後に、彼はこう付け加えた。

「俺は堕ちていくドワーフになるのが耐えられないんでね」


 僕達はこれから悪魔を討つ。その決意を問うように、荒廃しきったかつての街並みが眼前に現れた。

 外にいたルーベ隊長と、クラプス、ラプラ、そしてフェイフォンが僕らを待っていた。

「既に他の魔人部隊がと交戦中です。クィキリも含め、いずれの悪魔もの個体になります。行きましょう」

 グールと呼ばれる悪魔は、骸を喰らう骸とでも言うべきものの総称だ。逃げ延びた人々が今際の際に穢れた血を浴びた結果この悪魔となる。そういう意味では僕も半ば悪魔の身だ。僕が生き延びられたのは、魔法を扱えるほどのブレスを有するという不幸中の幸いゆえだった。かつての竜神の力の具現であるブレスは、ある程度悪魔の穢れを浄めてくれるからだ。

 隊長の指示の下、僕らは街の中央へと足を進めた。中央広場の噴水は、元の形が分からないほどズタズタに切り刻まれていた。辺りには据えた臭いが立ち込めている。冴えない曇り空は臭気に蓋をするように低空に留まり、僕の心を閉塞させる。

 ルーベ小隊は街を偵察し、発見したグールを魔法で遠方から攻撃した。彼らは恐ろしい姿をしているが、クィキリほどの屈強さはなかった。氷槍と落雷は容易く悪魔を穿ち、蒼と朱の炎弾は黒光りする肉体を焼き尽くした。斧の騎士も同様に遠距離攻撃に徹し、手斧を投擲して異形の兵士達を葬った。皆、淡々としていた。竜卵の『魔法』はもう解けてしまったんだ。

 絶え間なく放たれる魔法の連携により、一帯のグールは撃退された。事切れたグールが首につけていた銀の小片を取り、腰鞄に納める。彼の亡骸は、その家族と対面することは許されなかった。しかし、不幸にも穢れに巻き込まれたことを詰ることも許されはしないだろう。いずれにせよ、この銀片が彼の生きた証だ。

 ポツリと空から雫が落ち、頭の天辺にぶつかる。暗雲立ち込めた空はついに雨を降らし、乾いた地面を濡らした。その雨を待っていたように、風が逆巻いた。

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