17-1 決意 A

 知覚できない空虚を抜けて、真っ暗闇が視界に映った。

 閉じた瞼の感覚を思い出した僕は、ゆっくりと目を開いた。暗闇が視界の中央から裂け、ぼやけた空間が映る。やがて周囲の光景が鮮明になると、そこもまた薄暗い場所だと知った。篝火の灼熱が地下通路一角の広場をうっすらと照らしている。鼻腔に血生臭さの残る空気が触れる。

 ゆっくりと身を起こし、周りを確認した。右には通路の壁、左には布と木の骨組みで作られた仕切りがある。前方、人が一人立てるほどの空間を開けて、僕と同じ傷病兵が並んでいる。彼らの間には仕切りがなく、僕だけが隔離されているようだ。

 身体に痛みが残る。そして熱い何かが疼きながら流れている感覚がする。目線を落とすと、視界の端の両腕に違和感を覚える。

 包帯に巻かれた両腕。その外側の肌に点在する忌色の染み。

 僕はその意味を理解はしていた。だが、何の感情も湧かなかった。半ば自己犠牲のようなものだから、こうなるのは必然だ。隔離されているのも恐らくこの青緑のせいだろう。

 自己犠牲。結果的にはそうかもしれないが、あの時の自分はそう理解できるほどの冷静さをもっていなかった。ライラックとマギといた頃、街を荒らしていた火柱の魔人を捕まえた時と似たような感覚だった。人助けという点は共通している。だけどあの時と今回の『無意識の善意』は似て非なるものだ――善意、か。善意というものは、自分でそれと分かった瞬間に偽善になるのだろうか。

 視線を前方に戻すと、名も知らぬ兵士が此方を見ていた。恐れを含んだ目つきだった。

「ヘルクが、が起きたぞ。隊長に知らせろ」

 怪物の覚醒に怖気付いているように、声が上擦っていた。僕をとして見ているのだろうか。どっちでもいい。

「ヘルク――よかった」

 無事を知り、真っ先にラプラが飛び出した。僕の現状を気にせずに身を乗り出し、手を取って泣き出した。隊長が後から現れ、僕の手を握るラプラの手にそっと触れた。それは『触るな』という風ではなく、彼女の不安と喜びに同情するような優しい手つきだった。

 隊長は微笑んで、ゆっくりと頷いた。

「ヘルク、貴方は本当によくやりました。兵士ではなく一人の人間として、敬意を表します」

 隊長もまた、一人の人間としての態度で僕を労った。だがすぐに顔つきを兵士としてのそれに変えて、僕に二つの任務があると伝えた。

「今はまず休むことが先決ですが――貴方にはまだ二つ、やらなければならないことがあると伝えておきます。一つは貴方が交戦した斧の騎士、フェイフォンとの面会。もう一つは、私達魔人部隊による最後の任務、<悪魔クィキリ>の討伐です」

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