16-2 血風 B

 背後から振り下ろされた重い一撃を、僕は氷の腕甲で受け止めた。

 鉄の刃を片腕で押し退けた後、後ずさり相手と距離を取る。鬼を思わせる紅色の鬣と革の鎧、鈍く煌めく大きな扇刃。緋鬼だ。

 僕は闘争心に武者震いした。恐怖の言い訳? そんなわけない。また戦えること、雪辱を果たせる機会が訪れたことに喜びを感じている。竜卵が生じる過集中は鳴りを潜めたとはいえ、この湧き上がる闘争心は何物にも代え難い。好敵手。弱さを知った者が必ず見つけ出す生涯の強敵だ。

 僕は屈んだ体勢から背を伸ばし、肩の力を抜く。自然に下ろした手のひらから、氷の剣を二振り錬成して構えを取る。相手への敬意を含めた応戦の意思だ。相手の二刀流を敢えて真似し、そこから発展して自らの術を作り出す。これが僕の取る敬意。

 鬼もすらりと姿勢を整えて、両腕を開き胸を張る。僕の意思を汲み取り、受け止めようとする心意気が伝わった。両斧の刃を此方に向ける。

 死線を隔てた静寂。あの時以来だ。

 あの時、自分の弱さを痛いほど思い知った。彼女に敵うかどうかの確信も得ていない。だがここで相対したからには、己の是非を問うのは無粋。ただ今に集中するだけ。

 背後から迫る味方の鬨の声が、だんだんと小さくなる。頬を撫ぜる微細な空気の揺れも消えていく。それらを把握する己の客観も薄れ、静寂すら脳から外れる。

 空虚。その瞬間だけ時間が止まった――いや、時をすっ飛ばした。自分を無心に限りなく近づけた後、直ちに前方へと突き進んだ。無心が生み出す純粋な力の発露と、意識限界の両極端を瞬時に反復して生まれる極限の集中力を駆り、時間を切り取るような速さで騎士の懐へと迫った。

 攻撃は弾かれた。振り下ろした双剣は双斧の交差によって容易く受け流された。わずかに揺らぐ様子は見せたが、やはり一分の隙もないようだ。とうの昔にその境地なぞ得ていると言わんばかりの、優雅とすら思える防御だった。

 だが感心するばかりではいられない。矢継ぎ早に攻撃を繰り返すと、四つの冷刃が互いの主の力を乗せて強く激突する。だがこれ以上は僕の剣が折れてしまうだろう。それならいっそ、発想を変えてみるか。

 緋鬼の脇腹を目掛けて左腕の剣を振るう。相手はやはり攻撃を弾いたが、その剣戟で鳴り響く音は脆さを感じさせるものだった。僕はわざと相手に剣を折らせたんだ。もちろん、この間と同じ戦法は使えないことは承知している。だが僕には魔力がある限り、戦術の幅は無限だ。

 根本の折れた剣をすぐさま捨て、振り払った腕に氷を瞬時に纏って裏拳を打ち込む。

 ささくれ立った氷甲による不意打ちは、やはり相手に効いた。体勢が崩れる隙を狙い、剣と氷腕の連撃を叩き込む。

 相手の当意即妙を試す戦法は、ともすれば先程の敬意をかなぐり捨てたものかもしれない。だが魔人として、いや少年として、無邪気とすら思える『勝利』への憧憬が身体を突き動かす。矢継ぎ早に攻撃を繰り返し、徐々に優勢へ傾くほど、その思いは強くなる。

 右手の剣を振り下ろし、相手の左手がそれに応じて斧で受け止める。その間隙を縫って、自らの左腕を振り上げた。迎撃に気を取られた一瞬の隙をついた一撃は、相手の右の斧を手から弾き落とした。

 僕は勝利を確信し――突如、飄々と風が薙ぐ。鋭い凶風に乗せて、木の葉が僕の頬を切り裂いた。

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