15-3 彼我 C

 夜、野外食堂で夕食を取った後、また砦の方を眺めていた。

「また自分を責めてるのか?」

 ツチノヤの声がしたので振り向くと、クラプスとラプラも一緒にいた。微笑み返しながら、そうではない旨を告げた。

「この先が首都なんだなって思ってただけだよ」

 激戦があったアプ・マジマ砦から首都までの距離はあまり遠くない。数個の拠点を制圧していけば、そう間もないうちに首都攻略戦の時が訪れるだろう。それが終われば僕らの役目が終わることは告げられていた。若くして背負った受難の時がもうすぐ終わる。

「新しい仕事を見つけるのもかったるいっすね。俺、もうすぐ成人するなのに」

「選択の余地は残してありますから、お気になさらず。騎士団も大人として、少年少女に無理強いするわけにはいかなかったのでしょう」

 ルーベ隊長とツチノヤが、お互い肩の力を抜いて話しているのを配給時に見た。常に頭が冴え、凛とした佇まいを崩さない隊長と、子供のような体格でありながら含蓄のあるツチノヤは同年代だった。二十歳を迎えるまで魔人部隊に属していた二人が、ここで僕らを導いているのも納得がいく。

「ツチノヤは今後、どうするの?」

 彼が成人のドワーフであることは織り込み済みの上で、単純な気持ちで尋ねてみた。成人を迎えたドワーフは髭や髪が生え、文字通り『小人の老人』になるが、彼らの肉体は老いてなおますます盛んになる。ただし、ドワーフが属する森人社会は息苦しいとツチノヤは嫌っていた。

「まだ考えてないよ、森に帰らないこと以外はな。ただ自分が言うのも何だけど、俺は弁が立つからね。道化か吟遊詩人にでもなろうかな」

「いいね。ツチノヤの話し方なら、すぐに物語が広がるだろうなあ」

 彼の考えを聞いて、ラプラは未来に思いを馳せるように相槌を打った。気をよくしてツチノヤはまた冗談を言う。

「もしその時が来たら、お前らの話もしてやるよ」

「それは無し」

 僕とクラプスは微笑んだ顔のまま拒んだ。

「懐かしいね。昔の私たちみたい」

 拗ねるツチノヤに苦笑いを浮かべていたラプラが、次第にやわらかい笑顔に移りながらふと呟いた。

「昔ってどれくらいだ? あの時の話の時?」

「それもそうだし、それより前のことも。ヘルクとクラプスと一緒に店にいた時のこと、思い出しちゃった」

「あの氷菓子のことだね」僕は彼女の追想に言葉を付け加えた。

「ああ、あの時の」クラプスに笑みが溢れ、僕らに前のめりで話す。「あれ、すっごくおいしかったんだよな。ツチノヤも来てみなよ」

「あー、気持ちは受け取るけど、俺の魔法がな……」

「水臭いのは無しだよ。それにツチノヤが甘いもの好きだってこと、ルーベさんから聞いてるよ」

「はぁ? 待て待て、あの隊長がそんなこと言うわけ――」

「賑やかだと思えば、また夜更かしですか?」ルーベ隊長が腕を腰に回した様子で現れた。「ですが、確かにツチノヤの嗜好は話しましたよ」

 ふっと笑うルーベ隊長はいつもの調子とは少し違っていて、僕らは戸惑った。ラプラだけはいつもの調子で、僕らにはお馴染みではない隊長の別の横顔を話した。

「ルーベさんも、いつも堅苦しいわけじゃないんだよ。ちゃんと人のこと見てるし、話を見聞きするのも好きなの」

「ええ。私も年頃です、興味はありますよ」

 隊長は姿勢を崩さないまま、顔をわずかにほころばせた。初めて会った時の冷淡な印象がどんどん崩れてきて、僕とクラプスは目を合わせながら互いの困惑に共感を送った。ツチノヤがニヤニヤしながらそれを見ていた。

「私もお店に伺わせてもらいます。魔法を戦いの道具ではなく、人々を喜ばせる為に活用する。本来魔法とはそういうものでしょう。それに私もまた、甘味の追求者です」

 彼女もまた甘いもの好きだったことに、僕ら一同は驚いた。ツチノヤといい隊長といい僕といい、妙に甘味好きが多い。僕らが『年頃』だからだろうか、それとも魔人としてかは分からないけど、思わぬところで趣味が合う人が見つかるものだ。それにしても甘味の追求者か。隊長の情熱に僕の腕は敵うのかな。

 話はそこから好きな甘味の話題に逸れた。僕がマギがくれる金平糖が好きだと言うと、みんな僕を子供のようだとからかった。戦場とは思えないほどの平穏な時間だった。雑談を終えた一同は解散し、少し作業が残っている隊長以外は皆寝床へ行った。

 僕はもう少しだけ佇んでいた。この『団欒』に不思議と寂しさを感じていたんだ。僕らには誰かと関わり合える日々があった。僕の場合、人助けの時も、流浪の日々も、そして今戦地にいる時も、常に誰かがいた。同じ『人間』と認め合える誰かと一緒に過ごすことができた。

 クィキリにはそれが無かったのだろう。彼の過去はあまりよく分からないが、人を玩具のように扱っていたあの村で過ごしていたんだ。幼い頃からずっと苦しかったに違いない。僕に血の繋がった親はいないけど、血なんて関係なく誰かと接することができた。彼の場合はどうだろう。恨むべき血があったのだろうか。それとも、縋りたい血がなかったのだろうか。

 知らないことは分からない。だけど、クィキリに対してはどうしても同情の気持ちが募る。僕にはなかった『孤独』をずっと引きずっているんだ、あいつは。最後まで口が悪くてわがままなやつだったけど、その本心はきっと『トモダチ』を望んでいたんだと思う。呪いのように離れない孤独を自分から引き剥がすために。

 あの時の彼がそう思っていたのなら、せめて僕は彼から孤独というものを振り払う存在であろうと思う。に魂を売る程の孤高めいた孤独を、彼の心から消し去る。それがこの戦いで最後に僕がやることだ。

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