12-2 黎明 B
「面会は五分だ。定刻に知らせる」
男の平坦な声の後に、扉が閉まる。
僕らは互いに視線をそれぞれの足元に逸らしていた。この五分は尊き命の子の御顔を、迷い子の言葉で曇らせないための時間だ、と兵士は言っていた。全くもって無神経な性悪説だ。お互いもう既に、曇天のまま渇ききっている。
とはいえ、この時間を捨て置くのももったいないのは確かだった。体感で一分が経った頃、ようやく口を開いた。
「ねえ」
「なあ」
その時の僕らは偶然にも同じ瞬間に喋り始めようとしたので、思わず顔を見合わせ、そこで互いの驚き様に吹き出していた。ほんの少しの安堵だった。それを切り上げたのは、粛々と急かしてくる時間。
「ごめんな……ずっと、心配させたよな」
残された時が無いことを踏まえ、すぐに笑顔を消したクラプスが言う。
「別に。確かに、心配はした」
僕は、とりあえず素直に話すことを心がけた。互いに少しだけ小突き合えるような、そんなあの時の距離感であることに努めた。だが、それでもその手は外套の陰で見えていた。
「俺の腕、気になるよな?」
「……」
こんな風に正直に尋ねられて、何も言い返せる言葉なんてない。
「俺のブレスは……いや、竜髄は、確かに他とは違うって言われてたさ」
思わず、僕は彼の目を見てしまった。言葉にも瞳にも、少しずつ憎悪の火花が散っていた。
「ああ、なのに、何でこんなことになるんだろうな。崇暁教って、何なんだろうな? 教えてくれよヘルク。俺たちは……俺たちはもう魔人なんだ。そんなの、他の人にとっちゃ、俺たちなんかさ――」
「違うよ」
僕はそこで、彼の言葉を止めた。理屈では言い表せない激情が湧いて、彼を思い止まらせようとした。
「僕たちは人間だ。魔人である以前に、人間だよ」
彼の瞳が揺らいだ。僕の心の意地悪な部分が、お前達もまるで舞台上の道化のようだと問いかける。でも、そんなの知らない。
彼を止めるために燃え上がった激情は、あの時の記憶を火種としていた。そうだ。僕はあの時、あいつを救えなかった。どうしようもなかったのは知っている。でも、悪魔にまで落ちていくあの姿が悔しかったんだ。
ああ、クラプス。君も『トモダチ』なんだ。そして、あいつもそうだった。救えなかったけど。でも、目の前にいる彼はまだ――
「人間、かあ……なら、自分たちのことをって言ってたあいつらも、人間なのか?」
「……そうだよ。でも、人間だからって人の道を外さないわけじゃない」
そう言い切った後、僕は彼の次の言葉が怖くなった。今のクラプスはギリギリだ。いつ外れてもおかしくはない。ただ――
「ただ、道を外れても、そこから真っ逆さまに落ちるわけじゃないんだ。また戻れるんだよ、クラプス」
そこで、僕は心が勝手に口を操るように、彼に語りかけていることに気がついた。その気持ちに寄り添うように、僕は言葉を続けた。
「止まない雨はないかどうかなんて考えなくていい。今は神様なんかより、僕と自分を信じてみようよ」
「俺を信じる? 人間として? でも俺は」
彼が外套から出して眺めようとした手のひら、僕はそれを逃さなかった。
「ああ。そうやって悩んでるクラプスが、人間らしいよ。ラプラに戸惑うあの時みたいにさ」
掴んだ手を、より優しく、強く握る。言葉に出ない感情の熱を吐き出すように、彼は息を吐いた。少し呆れた笑い声を混ぜて。
「なんだよそれ。分かってたのかよ」
「何となくね」
「ハッ、そっか。そうだな……ラプラ……それが、あの人の名前」
クラプスは自分の頭に染み込ませるように、静かに大切な人の名前を口にした。
「ラプラに……ラプラさんに、申し訳なくなっちゃうな、今の俺」
自嘲するような口振りで僕に向き直る彼の瞳を見て、僕はひとまず安心した。まだ少しだけだけど、彼の瞳に光が宿ったんだ。
「ああ。大切な人がいるのは、僕も同じ。もちろんクラプスもだよ」
浮ついた言葉調子の勢いで、僕は彼の胸を小突いてみた。ははっ、何だよ、とスカした様子で笑いながら、同時に僕の内心を受け取ったらしい。
「まあでも……そう言われるのは、悪くないな。でもさあ、俺はやっぱり……寂しいんだ。また一人になってしまう。『元の俺』に戻ってしまうのが、怖い」
「クラプス……」
「だけど、今お前に会えて良かったよ、ヘルク。お前やラプラ……さんの顔を思い出せば、何とかやれそうな気がする。それに、もし元の自分に戻ったとしても、『元の元の俺』に戻ればいいだけだしな」
「なんだよ、それ」
ライラックを思い出すような言い方だったので、また吹き出してしまった。
そして『もう少し』話したいという望みを捨てさせるように、約束の時間が来る。扉を叩く音がした。
「じゃあな、ヘルク。お互い生きようぜ」
「うん、また。まずはこの戦いを終わらせよう」
兵士が開けた扉が閉まる時、また僕らは頷き合って面会は終わった。お互いに気持ちがすっきりしてよかった。思惑通りになって少し勘に触るけど、これでクラプスの心は晴れたかな。
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