1-3 無垢 C

 人のまばらな大通りの端を二人で歩いた。低い屋根の家々やお店の壁、石の道路が全て夕日のオレンジと日陰のこげ茶色に二分していた。この街は色が少ない分、夕方の色にすっかり染まりきっていた。まるでとっかえひっかえして色を変えるガラス細工のように、自分が無いような街だった。そうでなければ、正義を教えてくれる劇団をわざわざこの街に呼ばないだろう。

 帰り道のマギの顔は、ほんの少し微笑んでいた。まるで劇のことなど忘れたような、優しさが滲む顔立ちだった。覗き込む僕の目線に気づいて、彼女は斜め下に瞳を下ろす。ちょっとだけ気まずい空気を感じた僕は目線を元に戻すが、そのわずかな時間で目の端に映ったマギの目は、少し細くなっているような気がした。

 何も言わない時のマギは、こんな僕でも安らぎを感じる。

 (黙っていれば)

 思いついた言葉を、すぐに僕は首を振って消した。嫌な言葉だ。

 そのまま門の前まで歩くと、大きな鞄を背負ったライラックが僕らを出迎えてくれていた。彼の青灰色の髪だけは夕暮れに染まっていなかった。

「ただいま。あれ、また靴を買ったの? 予備が一組あるじゃない」

「すまん、買わないと後悔すると思った」

「はぁ、靴のことだとすぐ金遣いが荒くなるんだから。食べ物が第一、布類が第二。三四は無いって、あんたが言ってたでしょ」

「趣味くらい充ててもいいだろ。そもそも俺がリーダーなんだし」

 マギがいかにも納得いかないという顔をして、呻くような声を出す。それは理解できるような気がする。手助けの団が変な趣味に傾くものじゃないだろう。

「それより、そっちも時間があったんだろ。散歩か? どこ行ってたんだ?」

「ちょっと劇見てた。あんまり面白いものじゃなかったけど」

 正直な感想を言うマギの顔を睨みつける。まるで僕の感想を勝手に代弁するかのような口振りだ。

「何だお前も趣味じゃん。でも、残念だったな。時間が無駄になっちまって」

「そうね。たまの贅沢として、『金平糖』でも買ってあげれば良かったかな」

「こんふぇいと……って、何?」

「コンペイトウよ、ヘルク。結構複雑な歴史のあるお菓子でね。異界から伝来したお菓子なんだけど、実はそれ以前に旧文明時代からの製法のものもあって――」

「待った。その話、お前の子守唄より長くなるか?」

 長いうんちくに嫌な予感がしたライラックが話を止める。

 金平糖――甘いお菓子か。お菓子も確かにおいしいけど、お話を聞けた方が僕にとって良いことだったと思う。お菓子は食べ物だから一瞬でなくなるけど、言葉は一度聞いただけでもずっと心に残る――数年前、マギはそう言っていたはずじゃないか。

「……うん? 何か騒がしいな」

 物思いにふけっていると、ライラックが周囲の雑音に耳をすませた。彼の反応から間もなく、大きな破裂音が街角から轟き、焦げた臭いが鼻に突き刺さった。突然の爆発――

 僕は考えるまでもなく確信した。二人が止める声を聞いた時にはもう遅いくらい、爆発の発生源に向けて駆けていた。角を曲がった先の家屋や店は、夕日よりも激しいオレンジの炎で包まれていた。心苦しいが、今はそれを消火するような場合じゃない。それよりも犯人をこらしめる方が大事だ。

「あれか……!」

 物陰で僕のことをチラチラとうかがう人がいる。あれが僕と同じなら。

 考えのままに、燃え上がる炎に向けて指先から冷たい水を放ち、炎を騒がせる――しめた! 火が音を立てた途端、たちまちそいつの目は丸くなり、一目散に逃げ出した。やっぱりクロだ。

 路地裏を通って素早く逃げるヤツに対し、僕は少し小さな身体のおかげで着実に彼を追い詰められる。とっさに後ろを振り向いた犯人が、小さな火柱を足止めに置いてきた。足は止められないからこちらも魔法で迎え撃ち、水と炎が弾け合う。反対の物同士がぶつかり、少し時が止まる。それを僕は、なるだけ大げさに避けた。まだ熱が残っているかもしれないからだ――ああ、こういう時に限ってなんでマギは亜麻布の服をよこしてくるんだ!

 路地裏を抜けて大通りへ。人の目はもはや知ったことないかのように、火の玉は次から次へと放たれる。ルートのど真ん中に向けられる物には水を撃った上で避け、当てずっぽうの玉には申し訳ないがそのまま放置。下手に魔法を使えばなおさら体力を消費する。おまけに水魔法は強く放つほど逆流になる……両手を後ろに伸ばして水を噴き出せば勢いよく進めるって? 今回は短距離走じゃない、追跡だ――それに僕には使いこなせない――だから最低限の魔法で犯人を追ってきた。逆に相手は必死に逃げながら、ひたすら炎を撃ちまくっている。肉体的にも精神的にも焦っている証拠だ。甘すぎる。

 ほら、もう目の前にヤツの背中が大きく映っている。この距離ならと、一気に足を出して彼の首根っこに掴みかかり、肌に触れた瞬間、溜めておいた魔力を一気に解放させる。

 そして捕まえた左手から水を首に纏わせ、そこから一気に冷却させて、首の周りを氷漬けにさせると、炎に弾ける水よりもけたたましい叫び声を上げた。

 (折れないように、緩く)

 いきなり襲ってきた痛いほどの冷たさと息苦しさに堪えたのだろう、爆破犯は勢いよく転がった。彼と繋がる僕の身体もそのまま倒れ、うつ伏せの犯人に対して馬乗りになる。

「ハァ……ハァ……や……やめてくれ……溶かして……くれ……」

「まだしてあげないよ……もう少し痛めつけておく必要があるから」

 相手はなおさらそうだが、僕の息も結構上がっている。おまけに少しばかり高揚していた。まさかお話で改めて学んだ『正義』というものを、いきなり実践できるとは思わなかった。今の光景、マギに見せてやりたいくらいだ。そんな独りよがりに首を振って、僕は犯人に尋ねる。

「お前、魔人だよな? 僕と同じ魔人。そうじゃなきゃ、いきなり街を爆破しなかったはずだ」

「ああ、そうだ……! 二度とこんなことはしねえ、だから早く止めてくれぇ……!」

「だったら、僕に誓って――魔人として二度とこんなことはしないと。僕らがどれだけ危険か、お前は分かってやったんでしょ?」

 火の魔人は、凍った首の痛みに耐えながら、ほとんど分からないような頷きをした。

「お前は魔法の使い方を間違えた。それは同じ魔人に対する一番の『迷惑』だ」

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