第3話 思わぬ助っ人

 三日後の夜、俺が初めて呪いのAVを見た日からは五日後、吉広が電話をかけてきた。

「それほど関係ないかもしれないけど、乙羽美由紀の素性を調べることに成功した人がいるみたい。ピンクエロ集合掲示板の『例の呪いのAVを見てしまった人集合』の最新の書き込みを見て」

「わかった」

「後ね、俺たち暗号解読したでしょ。せめてみんなにも知らせてあげようと思って書き込んだんだよ。れいぷ いつかい とめたら たすかる って。でも何回送信しても撥ねられるんだよ。Errorってなる」

「乙羽さんが邪魔してるんだろうか。すんごいな。よし、早速見てみる」

 吉広が少し鼻声なのが気になったが、ともかく電話を切って俺はデスクトップPCに向かい、該当の書き込みを見てみた。読めば読むほど、悲しくてやりきれなくなった。

 

202X年12月10日 投稿者 左ハイキックのゲン


乙羽美由紀について、知人のジャーナリスト崩れに頼んで調査してもらった。分かったことは全て今から書く。本名は香川さつき。昭和51年5月生まれ、平成12年没。享年24歳。死因は自殺。出身地は三重県。地元の高校を中退後上京し、ホステスなどの夜職に従事したのち、アダルトビデオ女優になり、三本出演するも、制作会社の社長に騙され多額の借金を背負わされ、返済のためにソープランドで勤務している時に自殺。占いやオカルト的なものに興味があり、霊感は強く、霊が見えるなどと同僚に話していた。家族は父親は暴力団員、母親はホステス、さつきが四歳の頃に母が離婚し、その母親も15歳の時にうつ病で自殺してしまう。頼る者もなく16歳で東京に引っ越し、苦労に苦労を重ねた上に最後は首を吊って自殺。

 世の中全てを恨んでもおかしくない。特に、男、性欲を。以上。


 俺は三回読んだ後、涙が止まらなくて仕方なかった。この事実を提示しているだけの文章から、乙羽美由紀、いや、香川さつきさんの悲哀と受難と絶望が実感を持って心身に沁みこんできた。俺はパソコンデスクの椅子から離れ、万年床に突っ伏して声をあげて泣き続けた。その時は気づかなかったが、黒い影がそっと俺を見下ろしていたのだった……。


 ここはどこだろう。暗いような、明るいような。なんだか見覚えがあるような……。眼前にはガラス越しに摩天楼が美しく広がっている。もしや、と思って見渡すと、ここは……なんだっけ、この前肝試しに行った廃ホテルのレストランじゃないか。なぜ俺はここに、といぶかしんでいると、よく来たね、まあ私が呼んだんだけど、と声がする。振り向くと、そこには妙齢の黒いスーツに身を包んだ、整った顔立ちの女性が立っている。誰だろう、と思った次の瞬間、彼女の瞳が真っ赤に燃え上がったので秒で理解した。あああの時の燃(もえ)子さんですかぁぁぁ。すぐに瞳が元に戻る。燃子というのはあの後俺たちで勝手につけたあだ名なわけだが、声に出さなくてよかった。

「どどどうも、いやこりゃ、その」

 と俺がしどろもどろでいうと、普通にしゃべってきたので驚いた。

「あんたたち、大変な事になってるみたいだね。私は全部知ってるよ」

「えっ?! なんで知ってるんですか」

「私は暇だから時々あんたらの生活を見に行ってるのよ。幽霊は暇なのよね。あんた競馬弱すぎだしチンコは小さいし」

 うぐはぁ。なんということだ。いわゆる憑りつかれていたのか。という事は俺がこの前コンビニのおつりが100円多かったのに返さなかった事とかも知ってるのか、と俺がドギマギしていると、

「でもね、あんたの心根が善人だということがさっき分かったのよ。あんた、あの女の子の人生を知ってわんわん泣いてたね。あんたはいい人よ。だから、助けてあげる」

「えっ、助けてくれるんですか。どうやって」

 燃子さんはなにごとかを教えてくれた。そして、夢から覚めたらすぐ何かに書くのよ、あんた物忘れ激しいんだから。この前会社にカバンを忘れて行ったでしょ、アホ、とだけ言って、ウインクしてきた。途端に目が覚めた。ゆ、夢だったのか……。しかし、見事に地続きというか、今この瞬間まで全てつながっている。俺は慌てて机の上のメモ帳に燃子さんに教わったことを書く。朝の光のもと、窓の外ではスズメたちが楽し気にさえずっていた。


「完全に一致してるね」

 翌日の夜、俺は吉広と近所の居酒屋へ行き、座敷席で一杯飲みながら話している。昨晩の夢の事をLINEで報告したら、吉広も同じような夢を見て、ある事を教えてもらったという。その内容を今照らし合わせてみたところだ。

「ちなみに俺はネットでエロ動画見すぎって怒られた。あと、髪型と服のセンスがダサいってさ」

 と、吉広はマッシュルームっぽいが実は適当に裾刈りしてるだけの前髪をなでる。

「確かにお前の服はダサい。どこで買ってんだ、ダイエーか。まあそれはいい。22日と24日はお前会社休めよ」

「もちろん。あらゆる武器を準備するよ。包丁拳銃手りゅう弾」

「馬鹿かお前は。包丁はともかく他のは手に入るかよ。こっちはレイプを食い止めさえすればいいんだ。催涙スプレーとかスタンガンだ、用意するものは」

「あのさぁ、思うんだけど、二人がかりで止めていいのかな。原則で考えたら、一人で止めたほうが確実だと思う」

「じゃあお前22日にしろ。こっちは犯人は一人だ。俺は頑張って二人がかりのほうをやる」

「いいの?! ありがとう。俺はケンカとか全く自信ないから。幸人は柔道の有段者だもんね」

「おう。少し時間があるから、鍛えなおしておくわ」

 二人とも顔がほころんでいる。何とか希望が、助かる道が見つかった、と俺はかなりの安心を覚えて、一息にジョッキに入ったビールを飲みほした。

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