第2話 暗号を解け!
翌日は日曜日、再び俺は吉広の家を訪れた。その前にスーパーに寄って弁当だのお茶だのを買い込んできた。文字通り命がかかっているので必死である。最悪明日以降は会社も休むつもりだ。
「どうだよ」
「うん……暗号関係のサイトいっぱい見たんだけど……よくわからないんだよ」
「俺は換字(かえじ)式暗号なんじゃないかと思う」
「俺もそれは思った。だけど、どう動かせばいいのか分からない。試しに一文字前にやる、とか後ろにする、とかやってみたんだけど……」
「俺もしてみた。だけど意味のある文にはならんな」
「何文字動かすのかが分かればなぁ……ヒントが無いとどうしようもないかも」
ヒントか……待てよ。
「おい、お前はあの動画最初から最後まで見たのか?」
「ううん、全部は見てない。飛ばし飛ばしでは見たけど」
「何かヒントがあるかもしれない。目下あの動画しか調べるものはない。目を皿にして見るぞ」
「うん、わかった」
ということで俺たちはもう一度「快感に魅せられ堕ちたOL」を、今度は最初から早送りせずに見ている。人生の中でエロ動画をこんなにも真剣に見たことはない。しかし、内容は平凡などこにでもあるようなものでしかない。どこかのスタジオに面接にやってきた若い女性がそのまま監督か誰か知らんおっさんと絡んでセクロスして、なぜかその後ラブホに行ってまたセクロスをして終わりという流れ。今もアンアハンとあえいでおられる。
「これ主演女優の名前なんだっけ」
「うーんと、乙羽美由紀さん」
愛嬌のある可愛らしい顔立ちの子だ。なんだってAVなんかに出ちゃったんだろう。これ、俺らに呪いをかけてるのはこの子ってことだよな……。
「というか、この子まだ生きてるのか?」
「生きてるでしょ。だってまだ若い……そうか、自殺とかしたのかもね。でもね、この子の情報ってほとんどないんだよ。出演作品も3本しかないの」
「このビデオの発売いつか分かる?」
「2003年だったかな。古いよ。あっ、本編が終わった」
画面が唐突に変わり、最初は真っ暗で、どこからか緑や茶色のうねりが産まれ、ぐるぐると回りだす。そして、等身大の赤い鮮やかな着物を着た人形が現れ、踊りだす。顔の表情が全く変わらないので人形だと分かるが、動きはそれなりに滑らかだ。
「止めろ」
吉広がクリックし動画を止める。俺は持参した「暗号が分かる本 基礎編」をカバンから取り出す。
「これを見ろ、踊る人形というのが暗号の一つにあるんだ」
「うわ、本当だ。てことはあの暗号は踊る人形方式ってこと? でも、あれ……」
「そうだな、これ、英語の解読方式だな」
「でも、この文の中に「ぺ」が三回出てきてるよ」
「一応頭に入れておこう。続きを見るぞ」
人形はまだ踊っている。そして、少し小さくなる。さらに、連続して二回小さくなって消えた。待てよ……と俺は思った。これは、小さくなっているんじゃなくて……。
「もう一回見るぞ」
マウスで動画のバーをクリックして少しだけ戻す。また人形が踊りだす。そして……。
「分かった。これは小さくなってるんじゃない、後ろに下がっているんだ。足の位置も変わっている」
「そうか、ただ小さくなってるなら足は同じ場所にあるよね」
「何回下がってるこれ」
「うーん、三回」
「三回だ。つまり、後ろに三回戻って読むんだ。ひらがなの表記があるサイトを探せ」
「あ、それならノートに書き写してあるよ」
吉広が広げたページにはいわゆる50音順のひらがなが書き写されている。あいうえおから始まり、ぱぴぷぺぽで終わっている。俺は急いで例の文字列の三文字後ろを拾い、書き並べていった。
「これだ、意味がとれるぞ」
「幸人すげぇ!」
れいぷ いつかい とめたら たすかる
二人とも文字列の意味が分かった後、息を飲んだ。
「レイプを一回止めたら助かるのか……」
「そんな……レイプがいつどこで起こるかなんてわからないよ」
「思うに、この暗号を解けた人は他にもいるんじゃないだろうか。暗号自体はそんなに難しくない。ド素人の俺らでもすぐ解いた。だけど、誰も助かってないのは……」
「一か月の間にレイプ、強姦を見つけられず、止めることが出来なかった……」
「だろうな……」
二人とも顔を見合わせてしまった。エスパーでもない限り、いつどこで強姦が起こるかなんて知りようがない。しかも俺たちの場合、二人とも助かるためには一人一回、つまり一か月の間に二件止めないといけない。
「幸人の友達にレイプマンとかいないの」
「いるわけないだろうお前俺をどんな奴だと思ってんだ」
と、言ってから、ふと思いついた。
「なぁ、俺らがお互いに誰か女性をレイプするふりをしてそれをお互いが助けるってのはどうだろう」
「……相手は動画見ただけの相手を不能にした挙句呪い殺せるほどの霊能力持ってるんだよ。そんなのが通じるわけないよ」
俺はそうだな、と言いながら、ふと乙羽美由紀という名前を思い出していた。
吹きすさぶ木枯らしがますます体に応えてくる。いよいよ冬が本格的に始まったんだな、と体を動かしながら俺は思う。今何時だ。腕時計を見るともうすぐ0時だ。隣では吉広も同じように唇を紫にしながら誰も通らない暗い路地を見つめている。
「誰も来ないね」
吉広が確かめるように言うと、振り返ってぼろいカローラを見つめる。ああ、とだけ俺は返事をした。本当は車の中から見張りたいのだが、いきなり車で走ってきて歩く女性を拉致ったりする場合を考えると、初動が遅くなって間に合わなくなる事を恐れて、車から降りて見張ることにしたのだ。そのおかげで寒くて仕方ない。夜が更けるにつれてますます冷え込んできた。二人であれこれ思案して、人気の少ない裏道で張ってれば万が一強姦が起こるかもしれない、とかれこれ三時間は路上の電柱の影に二人で案山子の如く立っているのだが、そもそも人が通らない。余りいつまでもいると近所の人に不審に思われて警察に通報されるかもしれない、と思った俺は、もうここまでだ、と帰宅を提案した。吉広も力なく頷き、二人は車に乗り込んだ。
「これは駄目っぽいな」
「治安のいい日本でそうそうレイプなんてないのかもしれないね。それはいい事なんだけど……」
「まだ日にちはある。どうにか考えないと」
二人とも黙り込む。明日からは仕事がある。ともかく、会社には行くか。車窓から見える夜空には星一つ見えない。まるで今の俺たちのようだな、と自嘲すると、ぶわぁくしょん、と盛大にくしゃみが出た。
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