呪いのAVとの奮闘記
平山文人
第1話 呪いのAV
朝早くから吉広の電話で叩き起こされた俺は苦虫を嚙み潰してその辺に吐いた後みたいな顔で家を出た。せっかくの休日を潰すつもりはないので、吉広の相手を適当にすませた後は小椋賞に勝利するために競馬場に行くつもりだ。見上げた12月の曇り空は何となく陰鬱だ。雲の流れが速い。吹いてくる風に何か嫌な匂いを嗅ぎとった俺は、顔をしかめながら吉広の住んでいるワンルームマンションについた。「エクセレントステージ矢島」とか、名前負けしてんだよ、と独り言ちながら三階の一番奥の部屋のインターホンを押すと、すぐに青ざめた顔の吉広が出た。目が少し血走っている。
「おはよぉ。なんだその顔は。一体何が起こったってんだ」
「う、うん、おはよう。とにかく上がって」
こいつは清潔好きなので部屋がきれいな事だけは好感が持てるな、と思いながら真ん中にあるコタツに足を入れる。八帖の部屋にはオカルトグッズは見当たらない。前回の肝試しで相当懲りたようだ。目の前に一台のノートパソコンが置いてある。横に座った吉広は心なしか震えているようだ。
「ま、まずこれを見てよ」
吉広はある動画サイトを開く。少し経って、動画が始まる。なんだこりゃ、アダルト動画かよ。一人の女性が正常位であはんいやん言っている。可愛い女の子だな、と思い、で、これがどうしたんだ、と吉広に聞くと、安心したような、腑抜けたような、誠に形容しがたい間抜け面をしている。
「見たね」
「ああ、見たが?」
「これで幸人ももう不能になった。そして、一か月後に死ぬ」
はぁ? 何を言ってんだこいつは。頭がおかしくなったのか。動画では行為が終わり、女の子がベッドでしんなりしている。
「ここから! ここからが大事なんだ! よく見て!!」
急に我に返ったように吉広が真顔になる。一体何だってんだ、と画面を見ると、画面が暗転し、茶色や緑色の渦巻きのようなものが現れ、その後鮮やかな着物姿の人形が登場し、舞い踊り始める。少しずつ小さくなったかと思うと、急に消えて、うねうねと緑や紺色や紫の渦が蠢き、その上に白い文字ですらすらとこのような文字が並んだ。
らぺぼ ぺそうぺ ちますや すこうよ
そして、暗転。というか動画終了。俺は何とも言い知れぬ不気味さを感じた。これは一体何だ……と言葉にする前に吉広が横からマウスを操作して、新しいブラウザを開き、あらかじめブクマしていたとある記事を見せる。
都内で変死者が続出……警視庁の捜査も難航
という見出しだけ読んで、俺は口を開いた。
「待て。全く頭が追い付かない。順序立てて説明しろ。後タバコ吸うぞ」
「どうぞ。これは、呪いのAVなんだ。見た人全員が不能、インポになって、そして一ヶ月後に変死をとげる。心臓麻痺が一番多いみたいなんだけど……」
「呪いのAV」
俺はオウム返しに口に出した。
「とりあえず、これはなんてタイトルのAVなんだ。あと、主演してる女性は誰なんだ」
「えーっと、それはここに書いてある」
吉広が別のサイトを開く。それはアダルト系のネット掲示板で、このような書き込みがある。
202X年10月21日 投稿者 イグニッション暴徒
>このAVは2003年に発売された「快感に魅せられ堕ちたOL」で間違いない。主演は乙羽美由紀。でもこれ以上の情報は調べても見つからない。俺もこの動画見た後一切勃起しなくなった。オメガワロスさんも栗原マサルさんの書き込みもなくなった。ということは俺も後3週間後ぐらいに死ぬのかな。嫌だ! 死にたくねぇ!! 誰かあの暗号を解いてくれよ早く!!!!
「これは……」
「ね、本当っぽいだろ。他にもこの呪いのAVを見て死んだと思われる人が何十人もいるんだ。さっきのニュース記事を見てもわかる」
「……お前この動画なんで見つけたんだ」
「たまたまだよ……夜中にEro_av_jpという有名なエロ動画投稿サイト見てたら見つけたんだ。さっき見せたサイトがそう」
「にわかには信じがたいな……」
「すぐ分かるよ。幸人も勃たなくなってるから」
男性の変死者続出、死因は心臓麻痺が多いが原因不明の突然死もある、遺書が残っている人物も複数おり、警察が捜査を進めている、などと記述されている記事をくまなく読んだ後、勃起するかどうか確かめたくなった俺は、吉広にコンビニにでも行ってこい、と言うと、素直に出ていくので、取りあえず無修正画像を検索して、見てみた。うわぉ。全く興奮しない。え? マジで? と焦った俺は、エロ動画が見れるサイトに飛んで、かたっぱしから見てみた。なんなら自分で手でしごいた。まるで駄目。というか見たいという気持ちにすらならない。嘘だろ……と思っていると吉広が手に缶コーヒーを持って帰ってきた。横からコタツに潜り込む。
「どう? 駄目でしょ」
「駄目だ。これどうすればいいんだ? というかお前は今どんだけ情報持ってんだ?」
「幸人に教えたのが全てだよ、今んところ。昨日の夜これ見た後勃起しなくなって、慌てて徹夜で必死に検索しまくったけどこれ以上はわからないんだ。だから幸人を頼りにしようと思って連絡したんだ」
「というかてめえ……俺を巻き添えにしやがって。別に俺に動画見せなくてもよかっただろうが」
と、首元をつかんですごんでやると、あわわ、ごめんごめん、でも、同じ境遇にならないと本気で取り組んでくれないと思ったから、などと泣きそうになりながら言う。俺は手を離した。仕方ない、もうこれ以上こいつを詰めても何もならない。というか、やはりあの肝試しの後にこのあほんだらを始末しておくべきだった、と俺は後悔したがこれも後の祭り。それでどうすればいいんだ……俺は途方に暮れて頭をかきむしった。カーテンの隙間から入ってくる光がやたら眩しい。
「暗号を解くんだよ。俺たちが生き残るにはそれしかない」
「あ、暗号か」
短時間に余りにも多くの情報が頭に入ってきて理解が追い付かない。吉広がノートパソコンを斜めにして、二人に見えるようにし、またさっきの動画を再生する。
「これはあれか、一瞬でも見たらアウトなのか、一部分だけならセーフとかじゃないのか」
「だめ、一場面、一秒でも見たらアウトらしい。ここだ。これだよ。
らぺぼ ぺそうぺ ちますや すこうよ
「あれだ、入れ替えたりしたら文にならないか?」
俺は部屋を見渡した。何か書くもの出せ、というと、すぐに棚からノートとボールペンを二本持ってきた。しばらく二人であれこれ文字を入れ替えたりしてみた。だけれども何の成果もない。
「駄目だ」
俺は取りあえずひっくり返った。腹が減ってきた。跳ね起きた俺はノートを一枚引きちぎった。
「暗号のド素人二人がここでうだうだやっててもしょーがない。俺は本屋に行って暗号解読系の本を買ってくる。お前はネットで暗号解読の方法を調べまくっておけ」
「わかった、やっとくよ、よろしく」
吉広の家を後にした俺は、普通に道を歩いている人たちを見ると、さっきまでの出来事全てが嘘くさく思えてきて仕方が無くなった。また壮大なドッキリでも仕掛けられてるんじゃないか、とも思った。帰り道で牛丼をかっ食らった後、家で早速AVを見てみた。駄目だ、全く機能しない。うぅぅ……本当にインポになってる。やはり先ほどまでの出来事は真実なんだ。俺は再び家を飛び出し、近場のショッピングモールにある書店に入る。どこにあるかな……おっ、あった。
そこには「現代暗号入門」「暗号が分かる本 基礎編」などの本が並んでいる。ともかく、なるべく簡単そうなものから、と三冊ほど持ってレジに並ぶ。そう言えば子どもの頃、江戸川乱歩の探偵小説とか読んだよなぁ、不気味だったんだよ、「夜光人間」とか「幽鬼の塔」とかなぁ。などと思いだしながら家路につく。吉広にLINEを打ったが、進展はないとのこと。俺は布団に潜り込んでひたすらに買ってきた暗号の本を読む。ぐぬぬ難しい。そのうち眠くなって俺は意識を失った。
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