take5

磐長怜(いわなが れい)

 

あふれ出るアレンジが、壁に広がって跳ねた。

スピーカーの向こうであの人の指先が踊っている。

繰り返すメロディを上手に崩して、開いて、映す。

部屋の空気は微細に震える。

リクエストはtake5。繰り返して、乱して、一休み。


ウィスキーはザ・グレンリベット、15年。

高くはないが安いとも言い切れない。

無理しないこと、ただ、ほんの少しの贅沢を、

追い立てられるような毎日の中に甘さと刺激を。

今日を忘れるために、明日を見ようとしないために、あえやかなスパイスを、フロートスタイルで飾る。


君がいなくても大丈夫。

毎日が見えなくても、大丈夫。

――そんなわけはないんだよ。

いつでもつながれるようで、その実交差することのありえない僕たちは、別々に軋む日常という列車に乗って、どこに向かっているのかさえ分からない。

昨日の道は振り返ればトンネルのようで、遠くなる光が何であったかも思い出せない。


「君も軋轢あつれきに耐えかねている?」

返事がないのが怖いなら、フリックは無意味だ。

舌で脳を溶かして、耳で世界の角を取る。

甘えたり甘えられたり、無様な姿をさらしたり手を差し伸べる振りをしたり。

自由で窮屈で、楽しくてしんどくて、真摯に裏切りあう関係を、生存確認にすり替えている。


比重のにじみは、音に震えた分だけ曖昧になっていく。

君を感じない夜に、アレンジとスパイスで格好だけつけて、一休み。

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take5 磐長怜(いわなが れい) @syouhenya

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