熱い男

 仕事中の俺は真面目だ。

 テキパキと行動していると思う。

 現に良く俺は手際が良いと言われるので――多分周りからもそのように見られているはず。 

 細かな作業も苦にはしないので、なんでもする。というか、したい。

 この職場拘束時間が長いので暇になると一日が長く感じてしまうからだ。

 それもあって俺はテキパキといろいろなことをこなしていた。


 と、職場ではそんな感じ。というか、これが本来の俺ではない。

 俺が何故今の無駄に拘束時間が長い職場にずっといるのか。

 他の拘束時間の短いところがあるのでは?とか言われるかもしれないが。

 ここはとにかく給料だけは良い。そして俺は休みは完全に趣味だ。

 スマホなんて電源OFF。休みは休みである。それも数少ない休み。なんでそんな日にも事務連絡を受けないといけないのか。

 ということで、スマホの電源を切った俺はスマホを自宅に置いて。とあるバッジが付いた小さなショルダーバッグ1つで外出をする。


 時間は朝5時。

 ちなみに仕事に行く時よりも休日の方が早く起きていたりする。


 なぜなら俺の趣味は旅。1人電車旅だからだ。休みと言えば外出。電車に乗っておいしいものを食べに行く俺はそのためにあの無駄に拘束時間の長いところで真面目に働いているのだ。何度も言うが給料はいいから。

 ちなみに俺が旅に目覚めたのは学生の頃。

 学生の頃も駅近に住んでおり。そのころたまたま鉄道会社が毎週末行っていたイベント。ハイキングというのか。観光というのか。とにかくイベントがあり。休日は特に予定がなかった俺はそれに参加してみると――ハマった。

 現地集合で、現地は自由。解散も自由というもので、イベント当日イベント開催の駅まで行くとそこで散策マップをもらいスタンプラリーみたいな感じで地図に書かれている名所やお店をまわって駅に戻るというものだった。

 1度参加すると、その自由度。そして1人でぶらぶらさらにさらに新しい発見と。気が付けば俺皆勤賞。全部参加し記念のバッジまで持っているという。


 ということで、学生の頃に旅にハマった俺。今日も朝5時。必要最低限のものを持って自宅を出発した。

 そして駅へと向かうとまず自分が駅に付いてから一番初めにやって来る電車に乗る上り下り関係ない。やって来た方の電車に乗る。


 今日の場合は上りの普通電車がやって来た。

 ほぼ始発ということもあり車内は――空いている。どうやらこの後急行列車が来るらしく。ほとんどの人は急行列車を待っている様子だった。

 俺は今から通学通勤するだろう人たちを見つつ。やって来た普通電車に乗り込み空いていたベンチシートに座る――ことなく。車内に掲示されている路線図をまず確認した。


「――さてと。今日はどこ行くか」


 今俺が乗った普通電車は長距離を走る普通電車。このあたりでは朝晩のみある行先の電車だ。普通は近場の大きなターミナル駅などまでだが。この電車はこの後3時間ほどゆっくりと走り。数十キロ。いや、数百キロ先の駅まで行く。


「――今日の気分は――海鮮。今乗った電車で海の近くというと――終点まで行って乗り換えか。途中の駅で乗り換えか――」


 そしてある程度の行先の候補を考えた俺はベンチシートへと次こそ座る。それからは電車が走る中行先を考える。


 これがいつもの俺。とりあえずはじめは一番早く乗れる電車で移動を開始する。

 なぜなら駅のホームで考えていると。駅のホームならまだ動き出していないので、どこにでも行けるため、あっちがいいかもこっちがいいかも――で時間を使ったことが過去にあるからだ。

 あの時は……30分ほどロスしたな。


 そんなこんなで電車に揺られる俺。

 この電車に揺られる時間がいいんだよ。そして朝早く起きてもここで睡眠時間確保。なお、疲れてるとこの場合終点まで乗ってしまうのだが。

 さすがに今日は乗ったのが長距離を走る普通電車。寝て起きてもまだ終点ではなく。速達列車の退避待ちをしているところで目が覚めた。


「――どこここ?」


 寝ぼけつつちらりと外を見ると――すでにそこそこ海岸部の方まで来ていた。


「ここで降りてもいい説」


 ということで、ドアが開いていたこともあり俺はそのまま電車を降りて無人の改札を抜けた。

 改札を抜けた先は――海辺の町。磯の香りがして――。


「――やべー、駅前バス停とタクシー乗り場しかないじゃん」


 建物。飲食店らしきものが全くないところへと俺は到着したのだった。


 それから俺は少し駅の周りを散策。これはこれで楽しい。というかこういうことがしたくて俺は休日動きまくっている。

 そして先ほどもしたことだが。行先を適当に決めること。または寝て起きたところで即決することで、今のところ同じところへと到着ということはない。というかそこそこ規模のある鉄道だし。いろいろな会社と相互乗り入れをしているので、行こうと思えば相当遠くまで行ける。

 まああまり遠くはいけないんだがね。数回さすがに遠くに行きすぎて、新幹線とか使って夜中にギリギリ帰ってくるということをしたが。あれはあれで翌日大変だからな。


 そんなことを思い出しつつ俺は1人で駅周辺を散策。

 結果としては――。


「こういうところにうまい店はある」


 俺はコンビニの跡地を利用したと思われる食事処と書かれたお店を発見。ちょうどお昼だったので初めてのお店にそのまま突撃した。


「――ごちそうさま」


 お店に入ってから30分ほど。俺は海鮮丼を平らげお店の外に出た。


「いや、今日はあたりだ。旨かったー」


 家を出て数時間。今日の休日はいい感じに動けている。

 ちなみに食事というミッションをクリアした俺は今度は帰りである。

 ちょっと散策して食べて帰るだけだとなんか少ない。もったいないような気もするかもしれないが。

 今の俺。そこそこ遠くに来ていた。そしてこういう場所に来たときはとある問題が起こることがあるのだ。


 食事を終えた俺がまたぶらぶらと歩いて駅へと行くと――。


「まあ、これは予想していた」


 朝はここまでやって来る長距離列車があったが。昼間はない。短い距離。大きな駅までしか電車が行かないのだ。


 本当は直中で帰れるのが一番いい。だって寝ていけるし。でも今日は――乗り換えが何回か必要そうだった。


「――とりあえず。大きな駅まで出るか」


 ということで、そのあと俺は40分ほど駅で電車を待って――地味に長かった。

 1時間ほど揺られて大きな町へと向かった。

 その場所は俺の家からも1時間に1本くらいの頻度で直通の電車が走っている場所で、いろいろなお店がある大きな町。

 そこに付いたのは3時くらい。夕方だな。


「ここからなら1本で帰れるし、そもそも夜の方が急行あるから便利だよな――ちょっとぶらぶらしていくか」


 そのまま普通列車で家の最寄り駅まで変えることもできた。

 しかし普通電車だと乗り換えがまたあるし。時間もかかる。ということで、俺は夕方帰宅ラッシュとなるが。その時間の方が速達列車があるため。しばらくこの町駅周辺を散策することにした。


 この駅はちょくちょく来ているので、新しい感じはない。駅前などのお店は見たことあるといった感じだ。


「――あー、今度はバスを使うのもありか」


 俺は駅を離れバスターミナルを見つつ少し足を延ばしていた。

 駅の周辺は人が多かったが。少し道を外れると飲み屋街となった。さすがにまだ早いので人は少ないが――。


「基本酒飲まないからこういう場所はなんか――な」


 俺自身あまり得意な場所ではなかった。単に酔っ払いに絡まれるのが面倒というか。こういうところのお店も気にはなるが。どうも行きたいと思わないところなのだ。こういうところを散策するなら。先ほどのように全く知らない町で何か食べて帰って来る。俺はそっちの方がいい。とかとか思いつつ。あまり駅から離れても何もないか――と、思った俺が駅へとUターンしようとしたとき。


「――」

「――うん?」


 それはたまたまだった。

 よくよく知った横顔を見つけたのだ。

 その横顔は狭い路地の方へと歩いていき――姿を消した。


「伊勢田君?」


 横顔は同じ職場の伊勢田君だった。どうやら彼も今日は休みだったらしい。

 なお、もちろんの事というとだが――俺は彼のことをほとんど知らない。

 けれど、彼の雰囲気からこのような場所というのか飲み屋街――いや違う。なんとなく気になった俺が伊勢田君の消えていった路地の方へと小走りで向かうと――明らかに怪しい雰囲気。暗く。ゴミが散乱した狭い路地でお店があるような場所ではなかった。


「――まさか、伊勢田君実は裏の顔がある?」


 その時俺の頭の中では余計な想像が働いた。


 いつも仕事では真面目。でも表情1つ変えず淡々としているのは、あの仕事がメインではなく。何かの調査のためなのではないか。または――裏社会の人間で裏社会のことを知られないために――演技……」


 とかとか俺が余計なことを考えていたからだろう。


「もしもし?お兄さん?」

「えっ?」


 いかにも怪しい路地の入口近くで立っていたからだろう。ふいに俺は女性?に声を掛けられ、声の方を見ると――が立っていた。


「……」


 おかしいな。声は女性と思ったんだが――見た目と合わない。というか圧がすごい。

 俺ちょっと余計なこと。首を突っ込んではいけないことに突っ込んでしまった説。

 伊勢田君は裏社会の人間――人間だな。俺なんで変なところに興味持っちゃったのか。あの時単に見かけただけで、駅へと戻ればよかった――などなど思っていると。


「――むっ!?ちょっとちょっと、あなたそのカバンに付いているのは――」

「へっ?」


 急にガチっと。なかなかがたいのいいおじさんに腕を掴まれる俺だった。

 完全に逃げれない。俺ピーンチ。

 なお、なかなかがたいのいいおじさんは俺ではなく。俺の持っていたショルダーバッグをガン見していた――。

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