冷めた男
くすのきさくら
冷めた男
俺はデパートの中に入っているそこそこ規模のある総菜屋で働いている。
お弁当から一品料理までいろいろ扱っています。という感じのお店だ。
元から料理を作るのが好きな方だった俺。
何が何でもやってみたかった仕事――と言われると。そこまでではないが。
好きなことができ。そして何よりこの職場。給料がそこそこよかった――まあ給料が良いから休みもちゃんとたくさんある。とは言ってないが。
でも給料が安く休みがないよりはマシではないだろうか。
ちなみに1日の拘束時間は朝7時から夜9時までだが。労働基準うんぬん?俺は下っ端なので知らん。なお休憩時間は30分だ。
多分俺は料理を作るのが好きで、そしてこの職場そこそこ忙しかったので、この長い拘束時間も今のところあっという間に過ぎていくため。気になっていないのだろう。今までにそこそこの人間が去っていった気がするが――。
去っていったと言えば。俺と同じ時にこの職場へと入った奴はまだ一緒に働いている。
もう数年一緒に働いているが。事務内容以外話したことがない男だが……。
「――いらっしゃいませ」
俺がちょっと余計なことを考えながらお弁当つくりをしていると。ちょうど頭の中に出てきていたそいつの声が聞こえて来た。どうやら今売り子さん。アルバイトの子がいない時間らしい。普段は俺と同じで裏方に居ることが多いそいつが店頭に立っていた。
そうそう、あいつやそいつでは失礼なので彼の自己紹介を俺が勝手にしておくと。
って、これはいつものことなのだが。彼、伊勢田君は抑揚がない。とでもいうのか。声が小さくて聞こえないとかそういうことはないのだが。何とも評価のしにくい接客をする。まあ普段お店の人と事務連絡をするときもこの話方なのだが。とにかく伊勢田君は表情を変えないし。淡々と話すタイプなので、客からすると愛想がない店員などと思われている気がする。
「――おすすめはこちらとなります」
「――彩弁当と総菜3つ。合計――」
「――ありがとうございました」
いや、待てよ。お客と会話のキャッチボールをすると言えば伊勢田君の方が上か。
全部抑揚なく。ロボットと会話しているみたいに聞こえなくもないが。でも俺よりちゃんと話している気がする……。
ちなみに今伊勢田君は表情1つ変えず。真顔で淡々と接客をこなしている。接客時にそれはどうなのか――だが。でも、伊勢田君。頭の回転が大変早いらしく。レジ打ちする前に合計金額をいつも言っているし。梱包も早く手際は良いのですべてがスムーズだ。真顔で淡々と――ということを除けばかなり優秀。
――あれ?調理しつつ人のことを勝手に話していた俺だが。俺の方がやばいかもしれないぞ?言い訳をすれば俺は作るのが早いとか調理の手際が良いでいつも裏方に居るから表に出ない。だから接客の経験が――なのだが。
「お疲れ様でーす」
すると、従業員用通路の方から明るい声が聞こえて来た。
どうやら今日のバイトの子がやってきたらしい。俺は手を動かしつつバイトの子に『お疲れ様。接客の方お願いします。お弁当は表に出ているだけだから。あと予約とは今日はなし』と、現状この場所でのトップ?みたいなのが俺だったため。指示を出した。するとまた明るい声で『はーい』と、返事が聞こえてきた。
俺とバイトの子がやり取りをしていると。勢田君はちょうど接客を終えたので『あと、よろしくお願いします』と、バイトの子に言うと今度は裏方へ。俺の近くへと来て、無言で淡々と仕込みなどを始めた。
こちらの仕事もすごく丁寧。しかし――接客の時と同じで楽しんでいる感じは一切ない。
いや、こういう職場では楽しんでいるを表に出さない方が――。
「いらっしゃいませー。今晩のおかずにいかがですかー?」
いや、出した方がいいな。
今さっきやって来たバイトの子はお店の前に出ると、元気に声かけをはじめ。すでに何人かのお客を引き寄せている。
とまあ、この場だけを見た人なら伊勢田君はたまたま今日がそんな感じだったのでは?と思うかもしれないが。
彼。伊勢田君はずっとこんな感じだ。
そしてそれは休憩時間も同じで、同じ時間に休憩を取ることは少ないのだが。少しだけ時間が被ると軽くだが俺は声をかけるようにしていた。というか、俺は人と話すのが好きな方?だと思う。バイトの事かにもよく声かける方だし。
って、もちろん伊勢田君に無視されるということはない。しかし――なんかそっけないのだ。いや、それが彼と言われれば――なのだが。笑いもしないし。楽しんでいる様子もなく。日々淡々と言われたことをするというのか――。
俺が気にしすぎなのだろうか?それとも今までこの職場は大変ということで辞めていく人が多いから俺はさりげなく。伊勢田君を繋ぎとめたくて、気にしているというのか――。
とにかく、俺の職場には仕事に?日常に?冷めた男が1人いる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます