41.月夜にバイバイ
史跡公園に行くには、府中駅まで行ってそこからバスだ。ここから歩いていくのも不可能ではないが1時間くらいかかる。それは今の一同にはしんどかった。
特に聖はすぐにでも横になりたいくらい疲弊しており、駅までの距離ですらとても長く感じられた。しかし気力を振り絞って漱石のケージを抱えてみんなついていく。何人か「ケージ持とうか?」と声をかけてくれたが、がんとして譲らなかった。最後まで自分が漱石の面倒をみると決めていた。楓は一度帰宅してからあとで合流すると言って、いったん府中駅で別れた。家に用があるらしい。彼女の家は学校からよりも府中駅からの方が近く、徒歩10分のところにある。
楓を除いた一行は目的地近くのバス停で降りて史跡公園に向かう。公園内は暗かったが、飛田宅の「悠久の武蔵野」を通り抜けてきた聖たちにとっては明るく感じる。見上げるともう月が出ていた。満月だ。
「あ、猫たちがいるね」
渚が指差す方には5〜6匹の猫がいて、それぞれ思い思いの格好でくつろいでいた。聖たちも座れそうな場所をみつけて休んでいると、30分くらいで私服に着替えた楓が姿を現した。
「じゃあ聖くん」
千歳が聖を促す。聖は頷いて、ゲージをあける。漱石が出てきた。ニャアという聞き慣れた鳴き声。聖は漱石を丁寧に抱き上げて、愛おしそうにその顔を眺めている。
「渚さんは? お別れしなくていいのですか?」
千歳が尋ねる。先ほどの聖との些細な諍いを気にして躊躇した渚だったが、一度漱石の頭を撫でると、なかなか手をどけなかった。漱石は気持ち良さそうにされるがままになっている。
やがで聖は、
「バイバイ漱石」
と声をかけ、抱き上げた時と同じように優しく地面に置いてから、最後にもうひと撫でした。
「さ、人間が見ていると戻れないので、私たちは退散しましょう」
千歳に促されて、一行は猫たちを背にして歩き出す。いくばくもしないうちにビューッと風が吹いた。春先に吹くような強い風。でも風はすぐにおさまった。聖が振り返ると、もう漱石はいなかった。
「月が綺麗で幻想的ですね」
聖だったら思いつかない「幻想的」という表現を自然と口にして、楓は月を見上げている。
「そうでしょう。なんといってもこれが武蔵野の原風景ですから」
千歳の言葉で我に帰り、慌てて楓から目をそらした。
「でも月を見るなら私はやっぱり秋が一番好きですね。それに秋は月だけじゃなく、夕暮れも綺麗なんですよ。とっても」
千歳は珍しく饒舌になっている。かくして怪猫事件(結局この名前が定着してしまった)は落着した。
「お世話になりました。名残惜しいですが、私はここでお別れします。お元気で」
言葉と裏腹に、千歳は名残惜しさをまったく感じさせずに去っていった。
「あっさりしてるなあ」
レオのつぶやきはみんなの気持ちを代弁していた。
帰り道、聖は充実感で満たされていた。自分が達成したことを考えると、疲弊しきっているはずなのに叫び出したいくらいに気分は高揚している。
肉体は久しぶりに全身全霊で剣を振るったことで相当な疲労を蓄積している。心にもこの数時間で負荷がかかり続けた。飛田のマンションに足を踏み入れた時に感じた恐怖、飛田との全力の勝負で負けた悔しさ、またもやレオに助けられた悔しさ、そして漱石と別れた時に感じた心が裂けるような痛み。そうした心身にかかった負荷全てが、かえってこの瞬間の充実感を高めていた。
隣を歩くレオと目が合う。
「君が武蔵野のヒーローだ」
照れ臭いことこの上ないレオの褒め言葉を、聖は額面通りに受け取った。このメンバーの中でも自分が一番頑張ったという自負があったからだ。5人がそれぞれの立場で事件解決に尽力したのは分かっている。でも誰よりも頑張って、一番解決に貢献したのは俺だ、と。
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