第45話 ~ロゼッタの小説~ まさかのプロ並み

~ロゼッタの小説~


「な、なにっ? なになにっ!? いきなり本が光ってる!? しかも魔法陣まほうじんが、浮かんできた――!? なにこれ――!?」


 ある日突然わたし――ロゼッタの目の前で起こった、不思議なできごと――。


 その日、わたしは勇者になった――。


【はじまり】


 時間はほんの少しだけ、10分くらい巻き戻るんだけど。


 その日もわたしは一人っきりで、放課後の図書室で本を読んでいたんだ。


 精霊せいれいとともに戦う、精霊使いとなった主人公ロゼリーが、世界を救う勇者になるっていう冒険物語だ。


 わたしはこの本が大のお気に入りだった。


「主人公のロゼリーがわたしと名前がよく似ているから、まるでわたしが本当に冒険しているみたいに感じるんだよねー」

 

 ロゼリーとロゼッタはとてもよく似ている。


 もちろんお話だって、すごくおもしろい。

 もしかして本当にあったお話だったんじゃないかって、思ってしまうくらいだもん。


 だけどそれ以上に主人公の名前がわたしとそっくりなことが理由で、わたしはこの本に夢中になってしまっていた。


「ロゼリーはカッコいいなぁ……」


 わたしはいったん本を机の上に置くと、物語の主人公ロゼリーに思いをはせる。


 すでにその姿は元々の主人公であるロゼリーじゃなくて、ロゼッタ――わたしの姿になっていた。


 ロゼリー=わたしはすごくかっこいい。


「悪い精霊をばったばったと倒しちゃうし。困ってる人がいれば何より先に助けちゃうんだもん」


 とらわれの精霊のお姫さまを助けて、最後には世界まで救ってしまう、とってもすごい勇者なんだから。


 そんなカッコイイ勇者になった自分をあれこれ想像している間は、仲のいい友だちがいなくてさびしい思いをしている自分を、忘れていられるから――。



(以下略)



「…………ろ、ロゼッタ?」


 ロゼッタがライングループに投稿した「作品」を読んで、俺は身体の震えを抑えきれないでいた。


「はいはーい、なんですか魔王さま?」


「こ、これをロゼッタ……いえ、ロゼッタ様が書いた……いえ、お書きあそばされたのでしょうか?」


「もちろんそーですけど。いい感じに書けたかなーって、自分では思うんですよねー。っていうか、ロゼッタ様とかお書きあそばされたとか、魔王さまってば変な話し方~」


 くうっ!

 本能が己の敗北を悟ったことで生じた畏敬の念から、つい丁寧な言葉遣いになってしまったぞ。


 だかそれもやむ無しというものだろう。


 白状しよう。

 俺は完全に気圧されてしまっていた。

 獅子を前にした野ウサギになってしまっていた。


 ロゼッタ陛下のお書き遊ばされた「作品」の前では、俺なぞはただの前世が魔王なだけの矮小な人間にすぎないのだと思わずにはいられなかった。


 魂がロゼッタ大師匠(だいすーす)に屈服していた。


 くっ!

 ロゼッタ天帝陛下様の御前だからと、何をビビっている!

 臆するな俺!

 最強魔王の矜持を見せろ!


「ほ、本当にロゼッタが書いたんだよな?」


 俺は震える声をなんとか抑えようと、ゆったりと話そうとするものの、あまりの衝撃の前に、なかなかいつも通りとはいかない。


 頭では分かっていても、魂が屈服させられたのだから、それも当然と言えば当然だった。


「はい。そーですよー」

 そんな俺とは対照的に、いつものフワフワで能天気な様子で答えるロゼッタ神。


「ろ、ロゼッタ……」

「はい?」


「ロゼッタお前、すっごい才能があるんだな! マジすごいよ! プロ作家かと思ったぞ!」


 俺は感動に打ち震えながら、今感じている感情を全力で伝えた。

 全力で伝えなければ失礼だと、そう思った。


 俺は今、心の中でロゼッタに平伏していた!


「やったぁ! 魔王さまに褒められちゃった~♪ でもでも、それはさすがに言いすぎだよぉ~」


「言いすぎなもんかよ。これ、このまま書いていったら、マジでいいとこ行くと思うぞ? なぁルミナ?」


「はい。私も驚きしかありませんでした。とても素人が書いたものとは思えませんから。本当にすごい才能だと思いますよ」


「もー、2人ともおだて過ぎだよぉ。でへへ~」


 俺とルミナから手放しに誉められて恥ずかしいのか、ロゼッタが照れ笑いしながらクネクネと身体を揺らす。


「いやいや、おだててるとかじゃないから。マジでそう思っているから。な、ルミナ?」


「はい。本格的に書いてみるのも、いいのではないでしょうか? 私たちの書いたものとはレベルの違いを感じました」


「やーん、それほどでも~♪ えへへへ~♪」


「でもこれは嬉しい誤算だな。これなら秋の文化祭に、自信をもって成果物を提出できそうだ。魔会のエースはロゼッタ、お前しかいない! 名作を書き上げてくれ!」


「2人がそこまで言うなら~、少しずつ続きも書いてみよーかな?」


「ぜひそうして欲しい。期待しているぞ、ロゼッタ!」

「はーい」


 というわけで。

 ロゼッタに作家適性があることが発覚し、成果物の提出に目途がつくという上々の成果とともに、初めての執筆イベントは幕を閉じたのだった。

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