第37話「じゃあルミナちゃんって呼ぶねっ。わたしのこともロゼッタでいいよっ」

「ユウシャとマオウ?」

 ルミナがそう呟いた。


 ヤバいヤバいヤバいヤバい……!!!!

 まだ4月だってのに、心臓バクバク&冷や汗ダラダラの俺。


「遊佐と真央って、ルミナと俺の名前を呼んだんだよなあ、ロゼッタ! そうだよなぁ!!!!!!!!」


 同意して!

 お願いだから同意してくださいロゼッタさん、いやロゼッタ様!

 君ならできると俺は信じている!


「いーえ、わたしが言ったのは──」

 だからなんで否定するんだよぉぉぉぉぉ!!!!!!!


 俺は否定しようとするロゼッタの口にマッハで手を伸ばして抑えると、


「だからそういうこと言うなって昨日言い含めておいたよなぁ! 覚えてるだろ? もうほんと頼むよぉぉぉぉぉ!」


 ルミナに聞こえないように背中を向けつつ、音量も限界まで絞りながら、俺は全力でロゼッタに懇願した。


「は──っ!」

 ロゼッタの目が大きく見開かれる。


 お前、今の今まで忘れてだろ!!!!!!

『は──っ!』じゃないからな!!


 やめてよね、そういうことするの!?

 俺の命がかかっているんだからな!?


 だがロゼッタもそこまでバカではない──はず。

 ちゃんと思い出しさえすれば、さっきみたいなゼロ点回答をすることはない──だろう。


「ソウデスヨー。フタリの名前ヲ呼ンダダケデスヨー。ソレガ、ドウカシマシタカー?」


 普段の話し方とはまったく違う、露骨に演技してますよってな大根役者っぷりだが――よし、OK。

 一応、話を合わせてくれたようだ。


 後はルミナがこの大根演技で納得してくれるかだが──。


「もう、遊佐なんて呼ばずに、ルミナでいいですよ。実は自分の名前、結構気に入ってるんです。ふふふ」


 そう言って小さく笑ったルミナは、ロゼッタの発言をぜんぜん疑っていないように見えるものの、ルミナの演技力がかなり高いことを、俺は既に知っている。


 ルミナときたら放課後デートをしても、俺を監視している様子は全く見せずに、まるで普通の女子高生が放課後を楽しんでいるだけのように振る舞うのだ。


 そんな演技上手なルミナの考えは、おそらくこうだ。

 この場で不用意に疑って俺たちに警戒心を与えるよりも、まずは魔会に入ることを優先しているのだ。


 魔会にさえ入ってしまえば、チャンスなんていくらでもある。

 入りさえすれば自分の勝ち。

 おおかた、そんな風に考えているんだろう?


 舐めるなよルミナ。

 俺にはルミナの考えていることが、手に取るようにわかっているんだからな。


 いや、俺がルミナの計略を見透かしているように、ルミナも俺に見抜かれていることを織り込み済みだと考えるべきだな。


 ま、見透かされていようが、そうでなかろうが、どっちでも構わないさ。

 俺が油断することは万に一つもないし、こういう化かし合いは得意分野だ。


 ――だからロゼッタ、マジで頼むぞ!(心の中で血涙)


(ここまで0.5秒)


「じゃあルミナちゃんって呼ぶねっ」

「はい、どうぞ」


「わたしのこともロゼッタでいいよぉ?」

「ロゼッタちゃんですね、了解です」


「うん♪」

「ですがロゼッタ……その名前、昔どこかで聞いたことがあるような……」


 !!!!

 昔、つまり前世ってことか!


 くそっ、無駄に忠誠心の高かったロゼッタは、俺が戦場に出る時もついて回っていたからな。


 てんで役には立たなかったし、ビビッて隠れていることの方が多かったし、そもそも勇者と直接やりあったことがなかったから、ロゼッタの名前は知られていないと思っていたが、知られていたのか。


「それならアレだろ? たしかロゼッタってフランス語だかイタリア語で、バラの花を意味するんだ。だから知ってても別に不思議じゃないよな!」


「あ、そうですね。マオくんの言う通りです。変なことを言っちゃってみませんでした」

 俺はとっさの誤魔化しで、小さなピンチの目を即座に摘み取った。


 でもこの先、こういうことが続くんだろうなぁ。

 なんて心の中で嘆く俺を横目に、


「ではではお友達の握手をしましょっ」

 ロゼッタが差し出した右手を、


「仲良くしましょうね」

 ルミナが取る。


 手を握り合ったまま、極上の笑顔でほほ笑み合う美少女2人。


 もしこれが魔王の側近と勇者でなければ、俺も朗らかな気分でも見ていられたんだがな……。


 ともあれ。

 こうして俺たちは勇者ルミナスの転生体であるルミナ――獅子身中の虫を、魔会に招き入れてしまうことになってしまったのだった。

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