第5話 誤解は解けた……?

「私の前世は勇者で、魔王を倒しました。今のは前世の話なんです」


「あ、うん。そうなんだ? ええっと……あはは」


 愛想笑いをしながら、返答に困った振りをする俺。


 いきなりクラスメイトから前世の記憶の話をされたら、普通は困ってしまうだろう?


 疑われまくっているのが露骨に伝わってくるが、それは確証は握られていないことの裏返しでもある。


 疑われているが、証拠はない。

 俺はもはやその確信を抱いていた。


 よって「犯人だけしか知りえない秘密の暴露」さえしなければ問題はない。

 俺は「普通」にしていればいいだけだ。


「ブラックフィールドという名の魔王です」


「ごめん、ちょっとよくわからないかも。多分アニメか漫画の話だと思うんだけど、俺が知らないやつかなぁ」


「異世界ラビリントスでの話です」


「それが漫画のタイトル? 異世界ファンタジーは好きだし、遊佐さんのお気に入りなら俺も読んでみようかな」


 俺は「人気のクラスメイト女子にオタク話で話しかけられて嬉しそうな男子高校生」を意識して演じつつ、徹底的にすっとぼける。


 しかも「魔王ブラックフィールド」だの「異世界ラビリントス」だの自分で言ったな?


 これでこの先、俺がこのワードをポロリと口にしてしまっても、「あの時、遊佐さんが言った」と言い訳ができるようになったわけだ。


 勇者め、さては勝負を焦ったな?

 悪いがこの勝負、俺の勝ちだ。


「……」

「えっと、どうしたの遊佐さん?」


 遊佐さんはすっとぼけを演じる俺の目を、その綺麗な瞳でじっと見つめてきた後、


「……どうやら私の勘違いだったようです。疑ってしまって……いえ、変な話を聞かせてしまってごめんなさい」


 謝罪の言葉とともに、深々と頭を下げてきた。


 それを見てホッとひと安心する俺。

 もちろんそれを態度に出したりはしない。


 自らの非を認める殊勝な態度だが、それを額面通りには受け取っていないからだ。

 少なくともまだ、完全にシロだとは思われていないはず。


 いや、今のこの態度すらも、俺を油断させて失言を誘発させるための演技、という可能性があった。


 闇の魔力の残滓が残っていた以上、これから先、俺は遊佐さんから要注意人物として徹底的にマークされ続けるだろう。


 たとえ何があろうとも、遊佐さんの前でだけは絶対に油断してはならない。


 なにせ今、俺が置かれている状況は「バレたら即死のデスゲーム」。

 目の前にいるのは魔王絶対に殺すマンの勇者ルミナスの転生体。


 石橋を叩いて叩いて叩きまくって、絶対に安全と分かるまでは渡ることは許されないのだから。

(ここまで0,1秒)


「ううん、全然。マジで気にしないで。好きな物を誰かに語りたくなることってあるよな。気持ちはすごくわかるなぁ」


「そういうわけではないのですが……やはり私は戦闘は得意でも、魔力を感知したりといった補助的な能力や、推理力はイマイチのようです」


 遊佐さんは小声でつぶやくと──本当に小声だったので聞かせるつもりはなかったのだろうが、静かな体育館裏ということもあって聞こえてしまった──申し訳なさそうな顔から一転、優しい笑顔になった。


 隣の席でいつも見かける普段通りのTHE・美少女の遊佐さんだ。

 とりあえず最大の窮地は脱したと、俺は判断した。


 もちろんまだまだ油断はできない。

 少なくとも遊佐さんとの接触は、なるべく避けるべきだろう。


「じゃあ俺はそろそろ行こうかな」


 遊佐さんとの偶然の密会というチャンスを、俺の方から切り上げるのは少し不自然か?

 いや、俺たちは特に親しいわけでもないクラスメイト。


 隣の席なのに、まともに話したのもこれが初めてだ。


 遊佐さんと上手く会話を噛み合わせられなかったヘタレ男子が、いたたまれなくなってヒヨって逃げたとも見れなくはない。


 それにもともと疑われているんだ。

 ここで俺から話を切り上げたくらいで、疑いの濃淡がそこまで変わることはないだろう。


 俺は情けなさをより強く演出するために、逃げるように速足で歩き出したのだが、


「あの、黒野くん!」


 すぐに遊佐さんに呼びとめられてしまい、振り向いた。


「えっと、なに?」


「黒野くん、よかったら私とラインを交換しませんか?」

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