ミッドナイトマリンブルー岸和田

僕と前塚さんが1Fの奥にある作業所でCDに防犯タグを付けていると


映像コーナーから中川さんが歩いてきた


「なあなあ、今年1999年やで。何の年か知ってる?」

突然の質問に唖然としていると前塚さんが


「ノストラダムスの大予言?」


「そうやで!2000年に変わるときにコンピューターがおかしくなって

世界中に核爆弾が落ちるって説もあるらしい」


僕はそんなことはもちろん無いのは知っていたが


「そうなんですね!えらいことになりますやんか!ねえ前塚さん!


「マジで?(困惑)」


安定の前塚語録も出たところで中川さんが本題にはいる


「というわけで、次の休みの前の日から海に行かへん?」


「海いいですね!でもどうやっていくんですか?」


「俺、車借りるからそれに乗っていこうや

なんか女の子達も別の車で一緒にいくことになった」


たしか岸和田のほうに新しくビーチをつくっているみたいで

そこが結構キレイとの話だった


「あ、女の子が花火買ってきてくれるから一人500円づつちょうだい」



…僕は思い出した

この花火、そして海に行った記憶


場所は岸和田のほうにある「ぴちぴちビーチ」

まだ海岸は工事の途中で手すりのついた階段や休憩スペースなど

つくりかけの状態で誰もいなかったのを覚えている


その記憶をたどり終え、

気が付くと僕は「ぴちぴちビーチ」

と書かれた看板の下を皆で乗った車でくぐっていた


奥まで車が入れなかったので少し離れた場所に車を停め

そこから海岸まで歩いて行った


誰もいない海岸は僕たちの貸し切り状態だ

こうなると誰が初めに海に入るのか

高校生のような押し合いが始まる

なぜか僕が皆に押され海へ突き落される


落とした張本人、中川さんが僕を見て言う

「要君、落とされたのにめっちゃ嬉しそうやな

死ぬときも笑いながら死んで欲しいね(笑)」


「それ、どういう意味ですか?そんなに嬉しそうですか僕(笑)」


勢いよく落とされた時、手に虹色に光る綺麗な貝殻を握っており

記念に持って帰ることにした


皆で花火をもって走り回り、何も大した事していないのに

この楽しさはなんだろうか?



「要さんもこれする?」

森広さんが近寄って来て僕に線香花火を渡してくれた


皆と少し離れた場所で向かい合って線香花火に火をつける


ほとんど灯りのない海岸で線香花火に照らされる彼女は可愛いかった





「私、もう一度この場所に来たかってん」


「そうなんだ、前にも来たの?」

僕は音大の友達と来たのだろうと思いそう質問した


「ちゃうで、もうだいぶ昔に来た事あんねん」


????どういうことだろうか???

あーそうか。幼い時に家族でここら辺の海に来たのだろう



「こうやって要さんと線香花火するのもこれで2回目

だからこの前カプセルホテルの上で一緒に呑んだのも実は2回目やねんで」



「まさか森広さんも…?」


「この前な年末に花火見てて、気が付いたらもうあらへんはずのヤマギワソフト横の歩道橋に立っててん。へんな夢見てるんやなと思いながら懐かしいなーと思っててんけど、そのまま家帰ってピアノひいたら当時の音やねん。びっくりしたわ。ほんでな私気づいてん。あ、これホンマに1999年に戻って来てるんちゃうかなって。」


「実は僕も…」

「うん。そうやと思ってたで」

遮るように彼女は話を続ける


「だって呑みに行ったあの日。ほんまはあのまま要さんの家に行くはずやったやん。

でも行かんかった。あれ?記憶とちゃうなーって。その時ピーンと気づいたね。要さんもこの時代に戻って来てるんちゃうかって。」

「そんで私との事無かった事にしたかったんやって」


「いや、違う!僕は森広さんがあの後、僕に好きだとか言われて迷惑だろうと思って…」


呆れた様に彼女は言い返した

「なんで私の事奪い取らへんかったん?あの時彼氏と別れてもいいと思ってた。

でもな、要さんの彼氏いる女の子に手を出してるっていう

悪いことしてる感が伝わってきて不安になってん」

「たぶん、要さんは私の事を軽い女やと思ってる

確かに軽い女やねんけど、それを相手に思わせながらは付き合えへんなって」



「別に軽いなんて思ってないよ…」

0パーセントかといわれればそうではない。言い方は違えど彼氏いるのに他の男の家に行くんだなとは思っていた。もちろん好きという事には変わりなかったのだが


「期待しててんで、通天閣の日に電話して呑みに行くとき。今回は要さんと上手くやっていけるかもって。でもアカンかったなー今回は私がフラれちゃった、あはは。」



「まって!そんな事ないよ、ほら今からだってやり直せるし、

森広さん全然悪くないよ!」



「ちゃうで。」

「え?」



「そういうとこやで要さん、優しすぎんねん。どう考えてもアカンやろ?

彼氏に内緒でそういう事する女。実はあの後彼氏と別れてん。で、要さんに電話したらもう電話せんでいいって言われたやんか?彼女できたんやろ?」


「う、うん…あの時は森広さんと上手くいかなかったから

それを忘れたくて彼女作ってんけど…」


「私と一緒やん。寂しくて誰かに隙間を埋めてもらうの。

一つ言っとくけどこの前言った、要さんと色々合いそうっていうのは本気やで

要さんとはうまくいかんかった。でも、楽しかった。もう一度この時代に来れて。ホンマにありがとう!

要さんにも会えたし呑みにも行けたし、ヤマギワソフトのみんなともう一度会えて

ほんまに、めっちゃうれしかった!」


彼女の眼には涙があふれている


僕もこの時代に来れた事、皆に会えた事、

そして何より森広さんともう一度会えた事

もう何から伝えたらいいか判らない


「僕も、森広さんとずっと会いたかった…」



すーっと線香花火が一気に暗くなっていく


同時に向こうではしゃいでいる皆の姿も薄暗くなって

夢の中に吸い込まれる感覚が身体を覆う


ここから離れたくない僕は大声で叫ぶ

「前塚さん!中川さん!ちょっと!大変なことになってます!ねえ!」

聞こえないのか誰もこちらを見ない


目の前でしゃがんでいる森広さんが段々と見えなくなってくる


「森広さん!ちょっとまって!まだ伝えきれてない事が沢山あるんやで!」


無邪気で人懐っこい笑顔を向けながら彼女は言う


「要さん。ほんまにこれでよかったんやで。この想い出のまま私の事覚えといてやー!」


「ちがう…僕は…想い出なんかにしたかったんじゃない…

もう一度何者にでもなれる自分になって、

想い出ではなく現実に森広さんと居たかったんだ!」


もう姿がほとんど見えない彼女の声だけが頭に響く

「ほんまに?ありがとうー!でも大丈夫、要さんは何にだってなれるで!

私はそう信じてるから!またねー!」


もう、気持ちと涙がこみあげてきて何も言い返せなかった。


意識が吸い込まれていく

まってくれ、まだ何も解決していない。

皆との想い出も何もかもがそのままで、やり残したことが多すぎて…


黒い闇に吞み込まれていくように僕は意識が遠くなっていった




ここまで読んでくださりありがとうございます!

次で最終章です!



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