トワイライト・なんば

中川さんの言った通り僕たちは16時前から呑んでいたので


20時前には解散することになった

「おつかれさまでしたーまた明日ー」


僕はそういいながら携帯電話で森広さんに電話をする


「もしもーし、私ちょうどなんばに着いたところー

要さん今どこら辺にいるのー?」


「今、ヤマギワソフトの近くやから、なんばまですぐやで」


「じゃあカプセルホテルのビルにある居酒屋でいい?

そこの入り口でまってるわー」


この頃のなんば付近には居酒屋チェーンが沢山あり

呑む場所には困らなかった


20年以上会ってなかった彼女に会うのに緊張しないわけがない

とはいうものの、この世界では昨日もお店で会っているのだが…


待ち合わせ場所でたたずむ彼女を見つけた。

向こうもこちらに気づいたらしく手を振りながら向かってくる


「どうやった?通天閣。おもしろかった(笑)?」


あきらかにネタにしようという雰囲気が伝わってくる


突然森広さんが顔を近づけてきた

「あ、みてみて!目の周り!なんか違うとおもわへん?」


僕はこういうのが苦手だ。女性がたまにする変化当てゲーム

わからなければ、なぜわからないのかと詰められ

わかったと思えば、そこは以前からそうだったと詰められ

全く誰得なのか意味が分からない

しかし今回は明らかに目の周りに違和感を覚えた


「…目の周りがキラキラしてる?」

「ぴんぽーん!要君にしてはよくわかったやん」


さすがにわかるぐらい色々くっついてる

バイトの時はこんなにキラキラしてないから誰でもわかると笑ってしまった


「変…かな?」ちょっと不安そうな言い方だったので

「あ、ううん全然似合ってるよ!ほらバイトではそんなに目の周りキラキラしてないやんか?」


「そやろー似合うやろー。ちなみにメガネも新しくしたけど…

見て!サイズまちがえてまつ毛に当たんねん!ほら!」


言われてみればメガネの色が違う。そこには全く気付かなかったが

まつ毛にメガネが当たるのが二人とも面白くて気づかなかったことはバレなかった


エレベーターでカプセルホテルの上にある居酒屋に入ると

下に千日前通りが見下ろせる窓際に案内された


「わー見て見て!めっちゃ下見えるでー」


店員さんがカップルだと思って景色の良い席に案内してくれたのだろうか

残念ながら好意を持っているのは僕だけなんですけどね


はじめはバイト先のことなどを話していたが

この日の森広さんはお酒を呑むペースが速かった


彼女は色々な話をしてくれた


朝、起きたら欠かさずピアノを弾いていて

彼女の母親は朝のピアノの音で調子の良し悪しが解る事や

ローカル番組のピアノのお姉さんに応募した事

彼氏とうまくいっておらず浮気された事


すると森広さんが質問してきた

「要さんは好きな人おるん?」


「えっ?」

突然の質問にぎこちなく答える


「好きというか…気になってる人ならおるけど…」


「えー!ほんまにー!気になるー!誰なん?誰なん?私知ってる人?」


「あ…うん知ってるかな?」


「もしかしてバイト先の人?」


「いや、というか二人の共通の知り合いってそこしかないやんか…」


「ということはヤマギワやんか!え?え?〇〇さん?それとも○○さん?」


「ううん違うで」


「あ、じゃあこないだ辞めた〇〇ちゃんちゃう?要さん好きそうやもん」


「いや、あのこは○○君が気に入ってたで。帰り出口で待ってたもん」


「えーそうなんや!知らんかったー!んで要さんも狙ってたの?」


「ううん。僕はそんなに…というか、かわいい子だけど付き合いたいとは思ってないかなー」


「いやー!かわいいと思ってたんやー!

そうやんなー○○ちゃん男ウケよさそうやもんなー私には無い物があるわー」


なんだろうめっちゃ嬉しそう

やはり世間は不景気でも恋はインフレーションという噂は本当だったようだ


「で、誰なん?」

身を乗り出して周りをキラキラさせた目で凝視してくる


僕は彼女の顔が近いので顔を両手で隠してその場をやり過ごそうとした


「まさかとは思うけど…私ちゃうやんな?」


森広さんは冗談交じりのボケたつもりで言ったのだろうが

まさに正解である

なんで1999年に戻って来てまで同じ質問をされないといけないのか

僕は顔を隠したままフリーズしてしまった


「え?ちょっとまって!ほんまに?ほんまに私なん?冗談やんな?」


僕は小刻みに顔を横に振る


「ちょっとまってー!え?え?私のどういうとこがええの?

なんで?なんで?」


(いや、気になってるだけっていったやんか

だからそんなに深く聞かれても困んねんけど

もっと深く知りたいからお付き合いするのであって

今ここで森広さんが「わかってるやん!」なんて納得できる

答えを即答出来たらこんなに困ってませんけどね!)


心の中ではとっさに言い返せたのだが

口から出た言葉は


「なんか…雰囲気というか僕と合うかなって…」

なんだこの答えは。どうやら精神も1999年に戻ってしまったのか


ニコニコしながら彼女は答える

「ふーん。そっかー。雰囲気が合いそうかー」



「私も要さんと、合うと思うで。そう思ってた。」



その言葉を聞いた瞬間胸の奥から記憶が蘇る

出た!

覚えている!

この一言で僕はその気になったんだ!

その後、結局はフラれてしまった。


でももうわかっている。僕には彼女がこの先一緒に居たいと信頼できるほどの器が無かったんだ

もちろんフリーターということも、免許も車もなければ

住んでいるのは6畳一間の埃っぽいマンション

CDやレコードばかり買って全然お金が無いこともそうだ。

中途半端にしてるバンド活動もそうだし

僕が女性だったら自分を選ばないだろう。こんなに生活力のない自分が情けないと心の中では解っていた

でも僕には何の確証もない自信だけがあった

他の人には無い物を持っていて、それがいつか開花すると思っていた

それと比例するように何かが開花するだけの行動はしていない事もわかっていた


僕は何者かになりたかった。どんな形だろうと成し遂げたかった

このまま時間と共にさなぎにもなれずに年老いて腐っていくなら

目を背けていた普通と言われる生活を手に入れれば

彼女にも認めてもらえるんじゃないだろうか


結果がわかっていてもこのとき覚えた「変わろう」という気持ちは同じだった



お酒が沢山はいって顔を赤らめた彼女が口をひらく

「ねえ、要さんの家にいこうか?」



僕はそのあとの結果を知っている

もちろん彼女の事は好きだ

でもやり直すために夢か現実かわからない1999年にいるんだ


「あ、ごめん。今日は先に父親が泊まりに来てるから僕の家は来れへんよ」


「そうなん?なんや残念ー。要さんと色々合うと思うねんけどなー」


「ごめん。でも彼氏がいるのに他の男の家に行ったらあかんで。今なら終電も間に合うやろし、行こ!行こ!」


僕は支払いを済ませると手を引っ張って近鉄電車の乗り場まで彼女を送った


酔っ払いながら彼女はしぶしぶ帰っていった



これで彼女はひとときの寂しさから気を許してしまい

何者にもなれない冴えない「僕」という間男に

時間を取られることも、言い寄られることも無くなった

何年か後に食事に行こうと電話してくれたのに

その時女性といた僕に「もう電話しないで欲しい」と言われる事もないだろう

そう僕たちは今まで通りバイト仲間だ




もう、二人で部屋で何回も過ごした夜も

一緒に出かけた暑い日々を思い出して胸が痛くなることはもう無いだろうけど

これでよかったんだ。




いつもの無邪気な言い方と笑顔で

これが正解だったと

そういってくれないか森広さん

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