日常
連絡が来なくなったら、咲空ちゃんから来るかもなんて期待してたけど……。
咲空ちゃんからのメッセージは、一通もなかった。
やっぱり、咲空ちゃんはこんなおっさんに言い寄られて怖かったんだ。
「龍、何か今日機嫌悪い?」
「別に悪くないですよ」
「何かいつもはキラキラオーラ纏ってただろ?恋を覚えたての中学生みたいな」
「確かに、纏ってましたよね」
「纏ってねーーわ」
何が恋を覚えたての中学生だ。
あっ、でも確かに俺……。
片思いだったけど、めちゃくちゃ楽しかった。
咲空ちゃんと連絡取って話すだけで幸せだった。
何人もと付き合ってきて、キスだってその先だって平気でしてたのに……。
あの時間の方が、幸せだったなんて笑える。
「龍さん、大丈夫ですか?」
「別に大丈夫だよ!」
「ならいいですけど、何か落ち込んでる気がするんで」
「落ち込んでないから、ほら仕事」
「はい」
スマホを取り出してメッセージアプリでお客さんに連絡する。
入力すると予測変換で、咲空ちゃんに送ったメッセージが確認できる。
例えば、あって打てば会いたいって文章が並んだ。
最悪だ。
消えるまで一生俺は、咲空ちゃんとの思い出がなくならない。
だけど、予測変換は結構便利で使えるから……。
消したくない。
あーー、どうすっかな。
頭を掻いて悩んでると道木に声をかけられる。
「なぁ、いきなりだけど龍って咲空ちゃんが好きだった?」
「はぁ?本当、いきなりっすね」
「ごめん、ごめん。勘違いだったらいいんだけどさ……。前に咲空ちゃんが来た時の感じとか見てて。ほら、
「10歳も下だよ!俺が言い寄ったら咲空ちゃんが引きますって」
「って事は、咲空ちゃんが好きだって認めるんだな」
「何で、そうなるんですか!咲空ちゃんは、可愛い妹みたいなものですから」
「まーー、確かにそうだよな!31歳が21歳に気持ちを打ち明けまくってたら怖いしな」
「怖いですって、ハハハ」
道木の言葉にちゃんと笑えているだろうか?
「でも、咲空ちゃんはおっさんの俺からしても魅力的だったわ」
「えっ?」
「何か表情がくるくる変わる子だったろ?目が大きいから人形みたいだったしな」
「そうかも知れないっすね」
「若いから、あんな子はすぐに彼氏が出来るだろうな。咲空ちゃんに言い寄られて断るやつはいないだろうからな」
「かも知れないっすね」
「まぁ、滅多にこない子なんだし。気にせず働こう」
「はい」
道木は、カウンターの中に行く。
俺より3つも年上の道木が、咲空ちゃんを魅力的だと言った時。
心臓が潰れるくらい痛かった。
年上だけど道木は、前の職場で同期だった事もあり呼び捨てだった。
全部見透かされてるみたいで、正直怖かった。
道木は、7歳下の彼女がいるから抵抗ないんだろうけど……。
咲空ちゃんを失った日常は、元通りにはもどらなかった。
何をしていても、楽しくなくて……。
ただ、毎日を消化していくだけの日常。
胃が食べ物を消化するみたいに当たり前の日々。
それでも、生活しなきゃなんないからお客さんは呼ばなきゃいけないし……。
家は片付けなきゃいけないし……。
やる事を淡々とこなすだけが、結構楽で忘れられた。
ブーー、ブーー
「はい」
「あっ、龍ちゃん」
「どうした?
「あ、あのね、私。龍ちゃんが好きなんです。付き合ってもらえませんか?」
「えっと……。嬉しいんだけど、ごめんね」
「私が22歳だからですか?年下だから無理なんですか?」
「いや、そうじゃないよ」
「じゃあ、お客さんだからですか?」
「いや、それも違うよ。ただ、今は誰かと付き合うって事は考えてないだけで」
「じゃあ、付き合うって考えられる時まで待ってていいですか?」
「いや、それは何というか……」
「思ってるのは自由ですよね!それじゃあ、おやすみなさい」
プー、プー、プー。
自己主張が強いタイプの女の子だと思っていたけれど……。
まさか、ここまでとは思わなかったな。
俺は、タバコに火をつける。
「これが、咲空ちゃんだったらな」
タバコの煙を吐きながら、呟いてしまった。
何考えてんだよ。
無理に決まってるだろ。
「馬鹿だな、俺」
リビングの棚の一番上の引き出しを開ける。
咲空ちゃんの連絡先を書いたメモを見つめていた。
「ヤバッ……。めっちゃ好きだったわ」
涙が込み上げてきて、引き出しを閉じる。
俺は、今までドライな恋愛しかしてこなかった。
仕事柄、焼きもちも妬かなかったし……。
自分から誰かを欲しいって思った事も少なかった。
自分から必死にならなくても、相手から不思議と来てくれたから……。
ホストだからってのもあるかな?
さっきの彩ちゃんみたいに、告白されて付き合って、だから20代はコロコロ彼女を変えてた。
長く付き合っても一年ぐらいだったかな……。
それが、咲空ちゃんに出会って変わった。
今まで恋愛をゲーム感覚に思ってたのに……。
こうしたら絶対女は落ちるってわかって動いてたみたいな所があったかも。
咲空ちゃんは、落とすとか落とさないとかのカテゴリーじゃなかった。
「あっつ……」
手に火種が落ちて慌ててタバコを消す。
「咲空ちゃんが欲しかった……」
咲空ちゃんの純粋さは、汚れた俺の心も体も綺麗にしてくれた。
だから、欲しかった。
だから、無理矢理キスして……。
受け入れてくれるとかくれないとかそんなんじゃなくて……。
ただ、咲空ちゃんの中に入りたかった。
そしたら、綺麗な俺が産まれてくる気がしたんだ。
「いやいや、忘れなきゃ駄目だろ。馬鹿だろ、俺」
あんなに気持ちを伝えたのに言い方が軽かったんだろうな。
真面目に言って、本気でフラれたくなかったんだよな。
店関係なく飯にも誘ったんだけど……。
それも駄目だった。
「咲空ちゃんは、俺が嫌いだったんだろうな」
無理矢理キスしてなかったら、咲空ちゃんも飯ぐらい来てくれただろうに……。
やられると思ったら、警戒してくるわけないよな。
「だけど、気持ちを押さえられなかったんだよな……。咲空ちゃんの隣にいるだけでいっぱいいっぱいだったから……。あーー、マジで。俺の馬鹿やろう」
涙が流れてきて、視界がボヤける。
どうして、我慢しなかったのかと自分に訴えるしか出来なかった。
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