第8話

 目の前に突然現れたのは桃色髪の丸眼鏡をかけた少女。


 そしてトンラと名乗った男の剣をつまみ、受け止めている。


「なぁっ!? う、動かねぇ!?」

「ちょっとぉ~店内で暴れちゃだめだよお客さん~!」


 少女はそう言い後ろ姿を見ても分かるほど怒る。


「商品や棚が壊れたらどうするんですか!! 弁償ですよ! 弁償!!」

「あ……す、すまねぇ」


 へぇ。素行の悪そうなやつにしてはしおらしい。

 まぁ、相手が悪いと分かっているからか。


「貴方はブラックリスト行きです! 二度とこの店に立ち入れないと思ってください!!」

「そ、そんな……! どうにか回避できないか……!!」

「無理です♡」


 瞬間トンラの背後に黒い渦が現れ、トンラを吸い込んで消えていった。

 すると「よし!」と呟いた少女は振り返って俺に覗き込むようにして微笑む。


「さて~お嬢さん。いや、『陰影』と呼べばいいかな~?」

「流石の【心眼】だな。ミイニ」

「えっへん」


 誇らしげに豊満な胸を張るこの少女の名前はミイニ。『異界商店』の異名を持ち、災人の席を持っている正真正銘の怪物である。


「おい、『異界商店』の名前なんて初めて聞いたぞ……」

「というかあの白髪の、『陰影』って呼ばれてなかったか?」

「しっ、お前らブラックリストに入れられるぞ!」


 そんな囁き声が聞こえるが無視する。


「で、今日は何買いに来たの~?」

「ああ、《準超級魔力回復ポーション》が切れてしまってな。それを買いに来た」

「なるほど~おっけ~! 何本買う? 因みに一本200万リルだよ~」


 一本金貨二枚か……。以前より価格上がってるな。以前は180リルだったか。

 

「あー、取り敢えず100本で」

「じゃ、2億リルね」


 俺は異空間収納から白金貨二枚を取り出し、ミイニに渡す。


「まいど~! じゃ、異空間収納の入り口開けて~」


 俺は言われるがまま、異空間収納の入り口を開ける。

 するとミイニが異空間収納から箱を二個取り出し、俺の異空間収納の中に入れる。

 瞬間、脳内に浮かんでいる異空間収納リストに《準超級魔力回復ポーションが50本入った箱》という文字が表示された。


「ありがとう」

「こちらこそいつもご利用ありがとうございます~! 後、手が空いていたら依頼も受けてくれると嬉しいな!」

「すまんが、俺は勇者様を見守るに忙しいからな。今度手が空いた時にでもやるよ」

「またそれじゃん。勇者様の護衛は大変ですねー」

「だろ? (ドヤ)」

「…………はぁ、勇者ガチ恋勢怖っ」


 そう言ってミイニは霧散していった。恐らく分身だったのだろう。

 ミイニは一人でこの異界商店を運営している。店員は彼女のみ。ただし分身だ。本体の彼女はバックヤードでせっせと生産活動をしている事だろう。


 さて用事も済んだし宿に帰るか。


 そう思い店内の白い壁に向かって鍵を差し込む。すると行きと同じ様に青緑色のドアが現れた。

 ドアを開け、中に入ると宿に戻っていた。そしてドアは自動的に閉まって消失する。


 本当に相変わらずの謎技術だ。天使に匹敵するまでもある。


 異界商店に行ったが為に勇者様を見守る為の【俯瞰視】のスキルが切れてしまっていた。仕方ないので【気配察知】で勇者様の気配を探ると、もう自室にお戻りの様だった。


「よし、夜ご飯でも食べるか」


 俺はそう呟き部屋を後にし、一階へ下りる。そして左に曲がり少し進んだところに食堂があった。

 俺は適当にカウンター席に座り、店員に食事券を渡す。


「お任せで」

「あいよ!」


 すると景気の良い挨拶と共に受け取ってくれた。そしてお冷やを出してくれる。


 今の時間を確認すると19時40分。夜ご飯にしては丁度いい時間帯なのではなかろうか。

 この食堂の客の入りもいい。丁度今も三名ほど入店した。……ってあれ、昼頃詰め所に居た兵士さん達じゃないか?


 するとあちらも俺を認めたのだろう、俺から見て左側のカウンター席に三人そろって座った。


「昼間の! ええっと……」


 直ぐ声を掛けてきたと思ったら言葉に詰まったようだ。

 ああ、俺名前を教えてなかったっけ。


「レイナです」

「おお、レイナ。あの時は職務上、堅っ苦しい言葉しか言えなかったけどよぉ、今は酒……いや食事の席だ。無礼講で話そうぜ」

「分かったわ」


 すると満足げに頷く兵士さん。

 その後ろで他の兵士さんが注文している。俺と話していた兵士さんの分も他の兵士さんが注文している事から、もう決まったメニューを頼んでいるのだと分かった。

 常連なのだろう。


「俺の名前はカンってんだ。こっちのひょろいのがブライソン。こっちのゴツイのがワタだ」

「「よろしく」」

「よろしく」


 注文が終わったのを見計らってカンが他の兵士を紹介してくれる。


「レイナはもうここの料理は食べたか?」

「まだね。でも座っているだけで漂ってくる匂いで分かるわ。ここはめっちゃ美味い店だって」

「おぉ……レイナ、良い鼻してるぜ。……お、レイナの料理が出来たみたいだぞ」


 俺はカンの視線の先を追い、カウンターを越えた奥の厨房を見る。

 すると今まさに俺の席へ運ばれてくる所だった。


「お待ち遠さま! ハトの食事定食です!!」


 料理を持ってきてくれたのは俺が宿にチェックインする際対応してくれた、メトさんだった。

 名前からは食欲をそそられないが、目の前の出てきた料理を見れば食欲が見事に決壊した。


 リンド草の天ぷらにオオマラエビの天ぷら、恐らく鶏肉の照り焼きと麦ごはんとお味噌汁。そして漬物とサラダ? が並べられた。

 若干バランスが悪い気がしなくもないが、とにかくうまそうだ。


 まずはオオマラエビの天ぷらから頂こう。

 こいつは『エビ』とついてる割に、ワーム系の魔物の一種なので確かにハトの食事といえるだろう。

 まぁ、味はエビと酷似しているのだが。

 これを一口。


「おいひい!!」


 思わず声に出る美味しさ。

 衣がサクッ、中のワームがプリプリしてる。とにかく食感が素晴らしいよね。


「レイナ、良い食べっぷりだな!」


 そんな声を掛けられた気もするが、今はご飯に集中する。

 

 次はリンド草の天ぷらを一口。

 ふんふん、なるほどなるほど?

 まず食感がいい。その次にリンド草独特の風味が口に広がる。


 前世で言うところの大葉の天ぷらに似ている。この世界に転生してからなんだかんだ、天ぷらは作ったことなかったな。今度チャレンジしてみよう。


「あ!!! 白髪の人!!」


 ん? なんか勇者様の声が聞こえた気が……?


 声がした方を向くと、勇者様が俺を真っ直ぐ見て近付いてくる。


 な、な、な、なに!?? 俺何かしたっけ!? まさか尾行がばれた!? いや、流石にそんなわけないか。


 俺が心中慌てふためく間にも勇者様は近寄ってくる。

 とうとう勇者様は俺の右側の席に座ってしまった。


「貴女、名前は? 私はラミィ。私と少しお話しましょ?」


 そう言って勇者様は俺に微笑みかける。

 それに対して俺は軽く昇天しかけるのだった。

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