第6話

《side:閃光の勇者》


 部屋の鍵を開け、ドアノブを回してドアを開く。

 部屋の中に入ると、ほんのり木のいい香りがした。


 部屋の広さは大体九畳程の様だ。結構広々としていて床の軋みもない。

 肝心のお風呂は……っと。


 この部屋にあるもう一つのドアを開けると、そこは洗面所と魔導トイレがあった。その奥にもう一つ扉がある。

 魔導トイレという事は、臭くない! 宿が高い理由がここにもあった。


 もう一つの扉を開けると、そこはやはりお風呂場になっていた。壁は清潔感ある白。浴槽も白だ。シンプルだけど鏡も壁に付いている。

 石鹸やシャンプーなども備え付けてあった。


 間違いなくこれは良い宿ね。今度この街に来ることがあればここに泊まる事にしよう。


 私はそう思いながらベットに戻る。

 座ると少しバウンドした。そしてふかふかだ。


 部屋に時計が付いていなかったので、魔法で時間を確認する。


「《タイム・サーチ》」


 すると目の前に『17:34』と出た。

 この後どうしようかな。

 明日孤児院に行こうと思っていたけど、時間が少し空いているし、今日行くことにしよう。


 そう思い至り、孤児院に向かった。




「えっ!? 白髪の女性、ですか?」


 私は孤児院に訪れ、修道女のマティーさんに寄付金を渡した後、そのマティーさんが呟いた一言に反応した。


「はい、とても親切なお方でしたよ。……勇者様のお知り合いで?」

「ええ、少し。その人の瞳の色って分かりますか?」

「……確か、綺麗な水色だったと思います」


 間違いない、今日の朝食堂で美味しそうにご飯を食べていたあの人だ。


「分かりました、有難うございます」

「こちらこそありがとうございます。勇者様の旅に神のご加護があらんことを」


 マティーさんはそう言って見送ってくれた。


 盗賊団の幹部を倒すほど強い人で、孤児院に寄付をするくらい人情が厚い人……! ぜひ一度話してみたいな。


 私はそう思いながら宿へと歩き始めた。











《side:レン》


 予想通り、勇者様は孤児院に寄付をしていかれた。

 街中を何か思案気な顔で歩いてらっしゃる。


 おっと、その勇者様を物陰から見ている怪しげなフードを被った人……ではなさそうだな。【俯瞰視】を通して見えるソイツは、体の中に循環している魔力が密度が高く異質だ。

 魔族の類だろう。あそこまで完璧に人に変装しているのだったら、それなりに高位の魔族と考えてもいい。魔力の濃密さだけで言うと男爵級はあるだろうか? 魔物のランクに直すと大体S級か。


 まぁ、流石は魔国領付近の街と言うべきか。

 この街を出ると後は辺境伯の屋敷がある街と小規模の村や限界集落しかないもんな。必然的に比較的潜入しやすいこの街に魔族が入り込んだという訳か。


 ……辺境伯さんよ、もう少しこの街も軍事力強化した方がいいですぜ。

 今【特定探知】を掛けたら、魔族二十体ほどこの街に潜んでるんだが。この数の魔族が居る街って魔国領じゃない限り中々ないって。


 取り敢えず、この勇者様の事を監視しているであろう魔族は完全にギルティなのでさっさとお掃除します。


 俺は宿から男爵級の魔族の背後に《転移》する。

 もちろん悟られない様に、転移の際の魔法陣には【隠蔽】のスキルで魔力と存在を隠しておく。


 すると簡単に背後が取れた。ここで殺しちゃうのも勿体ないので情報を吐かせてから殺すことにしよう。


 俺は【消音】のスキルを使いながら腰のナイフを抜く。


「ッ!?」

「動くな」


 俺はナイフを魔族に当てながらそのフードを取り、極めて鋭く低い声でそう言う。


「動けば命はないと思え」

「ふふっ、フハハハハ!」


 魔族は狂ったように笑い出した。


「何が可笑しい?」


 すると魔族は首を180度させて俺の顔を至近距離で見る。


「私の変装を見破ったのは褒めてやろう。だがこのなまくらで私の首を斬れると思うなよ? ……お前の顔は覚えた。さらばだ」


 そう言って魔族は転移の魔法を発動したようだが、一向にその姿が消えることはない。

 なぜなら俺がここら半径50mに魔法・スキル行使不可の結界を張ったからだ。


 しかもこのナイフをなまくらだと言ってのけた。それはこのナイフの【鑑定偽装】を見抜けていない証拠に他ならない。

 このナイフは覇龍ベリウルの牙から作ったナイフだ。魔族の首を斬るなんて容易い切れ味をしている。


「な、何故だ。何故転移魔法陣が発動しない……!」


 おう、焦っとる焦っとる。


「結界の効果だ。さて、ここで何をしているか吐いてもらおう。まずお前の名は?」


 すると魔族はにやりと笑い「ならば実力行使だ」と俺のナイフを持っている右手の手首を掴み、折ろうとしてくる。

 だがびくともしない。そもそもがレベルが違い過ぎるのだ。


「はっ……?」


 遂に素っ頓狂な声を出して冷や汗を流し始めた魔族に俺は恐怖を与えようと、ナイフの刃を魔族の首に少し食い込ませる。


「っっ!? ――フイ・ベシヘル! これが私の名前だ!!」


 やはり名乗る苗字がある。男爵以上で間違いはないようだな。


「そうか、ではフイ。お前は何のために勇者様を監視していた?」

「それは――」

「じゃ、いっちょ死んどくか?」

「言います!! 言いますからどうか命だけはご勘弁を……!」

「じゃあさっさと言え」


 さっきまでの威厳はどこへやら。もう完全に俺に怯えている。


「『千剣の魔王』様のご命令で『閃光』を監視していました……」

「チッ、『千剣』か……」


 俺の反応にビクッと身体を弾ませるフイ。


「……お前の配下がこの街に居るはずだよな? ここへ呼べ」

「あ……はい。もう既――」


 フイが喋っていた途中、俺の背後に視線が向いたのに気づいた俺はそこに仲間がいるのだろうと察し、自分の致命傷になり得るヶ所に障壁を展開する。

 瞬間、カツン! といった音が聞こえた。


「なっ!」


 振り向くとフイの部下らしき魔族が自分の得物を持って、俺の障壁に刃を突き立てていた。

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