第5話 リズ
「あ、あの~……それ持ってます」
「え?」
きょとんとした顔をされたので、異空間収納からソイルム草とビルタ草を指定された十束ずつだけ出してテーブルの上に置いた。
「えっ!?」
大層驚いた顔をして前のめりに二種類の薬草を見つめるマティーさん。
そして俺の目を丸くした視線に気付いたのか、咳払いをして佇まいを直す。
「まさか収納スキルまで持っていらっしゃるとは……」
「あはは……ではこちらの薬草も寄付させて頂きます。ですのでこの大銀貨は薬師に調薬を依頼するときの足しにでもしてください」
「本当にありがとうございます。これで子供達も助かります」
そろそろ孤児院をお暇しようと立ち上がった俺に合わせて、マティーさんも立ち上がりお礼を述べ、俺に向かって深々と頭を下げた。
そして俺は応接室のドアを開け、廊下から玄関まで歩く。その斜め後ろをマティーさんは付いてきていた。
「後日また来ますので、その時にでも子供達の様子を聞かせてください」
玄関に着いた俺はそう言い、扉を開け外に出る。
「勿論です、お待ちしていますね」
マティーさんはそう言って深々と頭を下げた。
「では」
俺は会釈を返し、孤児院の敷地を出た。
さて、勇者様は今どの辺りに居るかなぁ~っと。
そう思いながら意識を脳裏に浮かんでいる、【俯瞰視】の視点に向ける。
そこには勇者様が荷車を押しながら街道を爆走する様子が映っていた。
先を歩く人々はそれを見てぎょっとし、道を開けている。
……荷車に乗せられてる賊さん、気の毒過ぎる。
「えぇ……何やってんの、勇者様」
何故爆走しているのか見当もつかないが、恐らく崇高な理由があるのだろう。
行き先は方向的に俺の居る街みたいだ。このスピードなら後20分ほどあれば着くだろう。
ふむ、それまで何して過ごそうか。
そう思案顔で歩いていると不意にスマホが鳴った。
スマホをポケットから取り出し、画面を見るとそこには『アズ』という文字があった。
「げっ」
俺は今苦虫を潰したような顔をしていると思う。
通話を始めるか迷う中、着信音は消えた。
「ふぅ……」
そうして息を吐いたのも束の間、直ぐにまた着信が掛かってきた。
こいつ……俺が出るまで掛けるつもりだな。
仕方なく俺は通話開始ボタンを押す。
『ばっかもーん!!! はよ通話に出ぬか! こののろまめ!!』
音声をスピーカーにしても居ないのに、常にスピーカー状態のような声量の幼い女児の声が俺の耳に突き刺さる。
通行人にも聞こえていたのだろう、驚いてこっちを見てくる人がいた。
それに対して「ごめんね!」とばかりに俺は謝るジェスチャーをしておく。
『挙句の果てには無視か!! この大馬鹿者!!』
罵詈雑言が飛んでくる。
「相変わらず、お元気なようで。戦帝殿」
『ふんっ、元気も元気よ。そちはどうじゃ、
陰影とは俺の通り名だ。異名でもある。
「俺は元気だ。で、今回は何の用だ?」
俺は路地裏の壁にもたれ掛かりながらそう問う。
『なに、三日後にある災人会議を忘れておらぬかと問い掛けただけよ』
「あ」
『なんじゃ? その反応は。まさか忘れておったなどと抜かすわけじゃあるまいな?」
「そのまさかだ」
『……はぁ。どいつもこいつもじゃな。……もし今回の会議も出席せぬ様じゃったらお主を
そう言ってアズは一方的に通話を切った。
「なんか一気に疲れたな……」
俺はポケットにスマホをしまい、肩を落としながら路地裏を出る。
三日後、かぁ。今回の議題は何だろうか。新星の魔王について? はたまた、入れ替わった災人の話か?
思い当たるのはこれだけか。
そう思いながら俺は勇者様の様子を見る。すると丁度、この街の検問に着いたところの様だった。
俺の予想よりも約10分ほど早いか。流石勇者様。
俺と同じく兵士に止められ、詰め所に通される勇者様。
何かを話しながら勇者様は自分のスマホの画面を見せ、賊二人を引き渡している。
そして懸賞金を受け取っていた。
いつも思うがこの【俯瞰視】、対象を俯瞰する様な視点で見えるだけであって、声とかは聞こえないんだよなぁ……そこが少し残念。
勇者様は丁寧にお辞儀をして詰め所を出て行った。
本当に一々動作が奇麗すぎる。流石勇者様としか言えんわぁ……。
人々の注目を集めながら堂々と街を歩く勇者様の姿に俺は恍惚とするのだった。
《side:閃光の勇者》
詰め所を出た私は一先ずは宿を取ろうと、兵士さんに教えてもらったオススメの宿に向かっていた。
それにしても兵士さんが言っていた、盗賊を捕まえた白髪ロングの女性ってもしかして今日の朝、隣の席だったあの女性じゃ……いや、まさかそんなわけないよね。
白髪の女性なんてそこまで珍しい訳じゃないし。
「えっと、確かこの大通りの右手側にソフトハットを被ったハトの絵の看板が――あ、あった!」
宿屋に近付き、看板の文字を読む。そこには『ハトの帽子亭』と書いてあった。
「ふふ、そのまんまじゃない」
そのまんま過ぎて少し笑ってしまいつつも、ドアを開けて宿内に入る。
「ごめんください」
「はーい! ちょっと待ってね!」
受付のカウンターの奥の暖簾から明るい声が聞こえてくる。
少しすると私より六センチほど背の小さな、水色髪の少女が暖簾を捲って現れた。この宿の看板娘だろうか?
「お客さん! お待たせしましたー! そして初めましてー! 私はハトの帽子亭の女将をしています! メトって言います! 本日はお泊りですか?」
ニコニコと眩しい笑顔を私に向けながらメトという名の少女はそう尋ねてくる。
というか女将なのね。若いのに偉いなぁ。
「そうですね……じゃあ三泊四日でお願いします。料金はいくらですか?」
「三泊四日ですね! ええっと……お食事付きで料金は銀貨五枚になります!!」
……結構高い……。ミスラの宿より二倍くらい高いよ。でもここはお風呂が付いてるって言ってたし、ここまで高いのも納得できる……。
私だって勇者と言えど女性だし、たまにはお風呂に浸かって体の汚れを落としたい。
……やっぱりここにしよう。
私が考えている間もスマイルを絶やさずメトはカウンターに立っていた。
そのメトに【収納】から大銀貨一枚を取り出して渡す。
「わわわ、お姉さん収納スキル持ちなんですね! 凄いなぁ~。あっ、これおつりです」
「あ、ありがとう」
純粋な誉め言葉を貰い、少したじろぐがおつりを受け取りながらお礼は言えた。
「今案内しますね~!」
そう言ってカウンターから出てきたメトは「こっちこっち!」と言いながら階段を上る。その後に続いて二階に上がった。
廊下を少し歩き、メトはある扉の前で立ち止まった。
「ここ、205号室がお姉さんの部屋です! 鍵はこれ……です!」
そう言ってメトはポケットを探り、鍵を差し出してくる。
「ありがとう、今日の夕ご飯はいつからですか?」
「えーっとね、十八時から二十一時半までだったらいつでも食べれるよ!」
「分かりました、有難うございます」
私がそう会釈すると、メトは「じゃあね~!」と小さく手を振りながら一階に戻っていった。
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