第4話 孤児院にて

 街の割と中心の方、教会の横に併設された孤児院の木製の扉の前に俺は立っていた。


 ここはどうやら教会の横に併設されているあたり、この国主流のフェルシア教が運営する孤児院の様だ。

 ……フェルシアって何の神だっけ。


 結構広々とした庭からはきゃっきゃっとした子供達の楽し気な声が聞こえてくる。


 すると背後から子供が近づいてきた。

 孤児院に帰ってきたところだろうか? リュックサックを担いでこちらへ歩いてくる。

 気配の強さ的にレベル10はあるだろうか。


「おねーさん、ここで何してるの?」


 声を掛けられて振り返ると、顔に幼さを残しつつもキリリとした凛々しさを兼ね備えた少年、いや青年が立っていた。髪色は燃え盛る炎を思わせる赤。目の色はオレンジ色。身長は160cmにギリ届かないくらいだ。

 

 その青年が俺に訝し気な視線を送ってくる。


「あっ、ごめんね! 私、この孤児院に少し用事があって……」

「あっそ。じゃあ俺の後に付いてきなよ」


 青年はそっけない態度を取り、孤児院の扉を開けて中へ入っていく。


「ただいまー」


 青年がそう少し大きめの声を出していう。

 すると廊下を走る足音が聞こえ、6~9歳ほどの少年少女が曲がり角から三人現れ青年に我先にと抱き着く。


「「「ロウにいちゃん、おかえりー!」」」


 少年少女三人とも、満面の笑顔でロウと呼ばれた青年を出迎える。

 それに対してロウは、先程のそっけない態度とはかけ離れた微笑みで少年少女達の頭を撫でた。


 そんな光景を微笑ましく思いながら眺めていると、曲がり角から修道女が現れた。

 ロウよりも少し身長が大きな70代近そうな女性だ。頭巾から覗かせる白髪がそう語っている。


「こら、廊下は走らない――あらロウ、おかえりなさい。……そちらの方は?」


 修道女はロウに気付くと、穏やかな微笑みを浮かべそういう。


「マティーさん、ただいま。ホーンラビット二匹捕まえてきたよ。解体お願いしてもいい? この女の人はこの孤児院に用事があるって」


 二人の視線が俺に向くのでコクコクと頷いておく。


「あらそうなの、分かったわ。ホーンラビットは調理場に置いておいて。私はこの方と応接室に行くから……白髪のお嬢さん、こちらへ」

「あ、はい!」


 白髪のお嬢さん、とは俺の事だろう。俺の容姿は透き通った白髪を背中まで流し、目の色は水色。顔の造形はエルフを基準にしてある。

 因みに胸の大きさは変な視線が向かない様に超控えめサイズだ。大き過ぎると変な視線もそうだが、動きずらい上に重いし蒸れるので控えめが変装には最適解だと思っている。服装はそこらへんに居る冒険者風だ。


 そんな事を俯瞰視で俺を見ながら考えていると、直ぐに応接室に着いた。

 応接室の扉に掛かった木製の看板にしっかりと『応接室 入る時はノックして入るように』と書いてあった。


 俺は修道女のマティーさんに続いて「失礼します……」と言いながら中へ入った。


 中は控えめなソファーが二台とそれに挟まれる形で質素なテーブルが置いてあった。

 入ってきた扉側の壁を見るも絵画などを飾っているわけでもなく、棚一つだけ。

 ただ反対側の壁には大きな窓があり、そこから庭が眺めれるようになっていた。お陰でこの部屋は明かりを付けずとも日中だけであれば明るいようだ。


 俺は部屋を見回しながら、マティーさんの座った反対の方のソファーに座る。


「本日はどのようなご用事で当孤児院にいらっしゃいましたか?」


 俺が座ったのを見計らってマティーさんは穏和な表情でそう問う。


「少しだけですが、寄付をしたいと思いまして……」


 俺はポケットから巾着袋を取り出し、そこから大銀貨一枚を取り出す。そしてテーブルの上に置き、マティーさんの前に持っていく。


「そういう事でしたか、ありがとうございます」

 

 マティーさんは少し残念そうに目を伏せ、お辞儀をする。だが顔を上げた時には穏和な表情に戻っていた。


 なんだ? 結構反応が悪い。いや、特に反応を求めちゃいないが、勇者様の寄付時はどこの孤児院も割と喜んでいた筈だ。

 何かあったのだろうか? ここは勇者様を見習って俺も人助けと行こう。


 俺は問いかける。


「何かあったんですか? 私にできる事なら力になりますよ」

「………………ありがとうございます。では話を聞いていただけますか?」

「もちろんです」


 それからマティーさんはぽつぽつと話し始めた。


「最近、この街では流行り病が蔓延していまして……うちの孤児院の子供達も五人ほど掛かってしまいました」

「え? 街は活気に溢れていましたよね? 流行り病が蔓延している様子は……」


 俺はここまで来る際に見た、結構な住民が口にマスク代わりに布を巻いているのを思い出して言葉を切る。


「確かに口に布をしている方々がそれなりにいましたね」

「はい……この病はあまりに重度となると亡くなってしまうというのです。治療薬自体は存在しているのですが、材料となる薬草がこの街の雑貨屋や薬屋に在庫がなくて……商業ギルドには在庫があるのですが、高騰していて手が出せず……」


 マティーさんの表情がどんどん曇っていく。


「冒険者ギルドには薬草採取依頼とか出したんですか?」

「いえ……出したとしても依頼を受けられることは無いでしょう」

「それはどうして? ……ああ」

「……お察しの通り、相場が高騰しているので依頼を受けるよりも商業ギルドに買取してもらった方が冒険者としては儲かるのですよ」

「でしたら、この大銀貨一枚を使われてはいかがですか?」


 マティーさんは一瞬「あっ」と言う顔をして、少し黙った後頭を横に振る。


「貴方様が寄付してくださったこの一枚を資金に使えば、三人分の治療薬にはなります。ですが私共には、子供達を選ぶという事はできません」

「そうですか……お辛いことを考えさせてしまって申し訳ないです」

「いえいえ、お気になさらず……」


 そして少しの沈黙が続く。

 その沈黙を破ったのは扉からのノック音だった。


「マティーさん、入ってもいい?」


 先程のロウの声だった。


「いいですよ。入りなさい」


 ガチャと音を立てて扉が開かれる。入ってきたのはトレイの上にコップを二個乗せて持ってきてくれたロウだ。


 ロウは俺とマティーさんの前に一つずつ水入りコップを置き、「じゃ」と言って応接室を出て行った。


「気が利く子ですね」

「そうでしょう。実はあの子は病に掛かった子供達の為に少しでも栄養になるようにと、森で兎や時には牛を狩ってきてくれます。牛を狩ってきた時には腰を抜かして驚きましたがね」


 とマティーさんは孫を自慢するような口ぶりで喋り、最後には苦笑した。


 その話を聞いて俺は思った。

 この街の付近に出没する、牛型の魔物ってリトルバイソンだよね? あれって確かE級だったはずなんだけど。

 なんかロウって転生チートっぽくね? と。


 流石にそんな事言えないので「あの年で凄いですね」とほめる。


 と言うかロウ、森に行けるんだったら薬草採れるんじゃないか?

 そのことを問うてみると。


「浅い森はもう既に採りつくされているようで、もう深い森にしか生えていないようなのです」

「ああ……なるほど」

「そこで、高名な冒険者とお見受けしました、貴方様にお願いがあります」


 マティーさんは意を決した表情で俺を見る。


「薬草、ソイルム草とビルタ草を十枚ずつ採ってきて頂けないでしょうか。報酬は少ないですが、この大銀貨一枚で……」

「……」


 待って、それ異空間収納の中に持ってるかもしれん。

 そう思い、異空間収納リストを見る。すると案の定、結構な量持っていた。

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