第2話 ミスラ街からの旅立ち
俺がこの森に来た理由は、先程食べた唐揚げの味付けを再現するためだ。
あの甘辛い味付けを再現する為に必要な材料は、ベニム草以外揃っている。なのでベニム草が自生するこの森に来たのだ。
さっさと採取して、勇者様の護衛をしなければ……。
俺は【範囲鑑定】を行い、周囲の草の名前を特定する。するとあちらこちらにベニム草が自生しているのを見つけた。
近くにあるものを取り敢えず三株ほど根ごと【庭園】スキルを使った状態で《土魔法》で掘り上げ、異空間収納に入れる。
何故三株だけなのか、それはこの森のベニム草を採りつくして、近くの町民に迷惑を掛けない様にするためである。
だが、三株だけではとてもじゃないが足りないので今度は根ごとではなく、味付けに使う葉だけ摘んで異空間収納の中に入れる。ただ虫食いがある葉は避ける。
異空間収納リストを見ながら摘み続ける。ようやく三百枚を超えたあたりで摘むのを止め、転移で町に戻った。
路地裏から出ると、何やら東門の方へ駆け足で入っていく町民がちらほら見える。
これはあれだ、勇者様が東門から旅立たれるのだろう。だから皆、それを見送る為に集っているのだろう。
今勇者様が旅立たれるという事は、町中ではあのニヤニヤしていた奴らと何事もなかったという事だな。
まぁ、あの程度の奴らに後れを取る勇者様ではないが、もしもがあった時が怖いから分身を潜ませておこうと思っていたが、やはりそうする必要は無かったか。
俺も自分に【認識阻害】のスキルと『陰薄』の称号をONにし、東門に向かって駆ける。ただし、音速では駆けないようにする。音速だと周辺の建物に被害が出るからだ。
因みに【陰薄】の称号を使用状態にすると、他者の等級B以下の察知系スキルに反応せず、存在が希薄になるという効果がある。
この称号には昔からお世話になりっぱなしだな。
でも昔……この称号をONにした状態でも、俺に明るく話しかけてくれた人が居たっけ。
俺は思い出に浸りながら口元を緩め、駆けた。
一分ほど走ると、わいわいとした声と人だかりが見えてきた。
俺は減速しつつ、人混みの中に紛れ間を縫って最前列へと出る。
「勇者様ー!!」
「魔物を退治してくれてありがとう!!」
皆口々にそう感謝の言葉を叫んでいる。
それに対して勇者様は笑顔で手を振り返している。
そんな様子を自分の目と俯瞰視で見ていると、
「あっ、コラ!」
5~8歳くらいの花冠を頭にのせた少女が母親の制止を振り切って、勇者様の元へ駆け出した。脇に花冠を抱えて。
両親らしき二人は躊躇したのか遅れてその少女の後を追う。
だがもう遅い。少女は勇者様の元へたどり着いてしまった。
俺はその少女に害意は無いと判断して顛末を見守る。周りの住人も同じのようだ。
勇者様は駆け寄ってきた少女を認めると足を止め、少女の顔の高さに合わせるように屈んだ。そして「どうしたの?」と微笑む。
「ゆうしゃさま! これ!」
少女は脇に抱えていた花冠を両手に持つと、勇者様の頭に花冠を乗せようとする。
それに勇者様は乗せやすいように頭の位置を少し下げて対応する。
その頃には途中から走る速度を減速していた、少女の両親が少女の近くに着いていた。
そして勇者様の頭に優しく花冠が乗った。
「ゆうしゃさま! すごくにあってる!!」
少女の純粋な褒め言葉が勇者様に送られ、勇者様は少しはにかみながら微笑み、「素敵な花冠をありがとう」と言いながら少女の頭を撫でた。
え、なに? この尊い光景。
幻覚なのか、彼女らの周りに花びらが舞って見えるんですけど。
俺はそう思いながらスマホでその光景を連写する。
そうしていると勇者様は、スッと立って少女に小さく手を振りながら門に近付いていった。
その背後で少女は「ゆうしゃさま! またきてねー!!」と大きく手を振ったのだった。
勇者様は最敬礼を門番にされつつ、この町を後にする。
それを【追跡】と【俯瞰視】の合わせ技で追い、周囲の安全を見張る。
俺がいる東門前では、お見送りに来ていた町民が疎らに帰っていくのが見受けられる。
そんな中俺は【認識阻害】と『陰薄』の称号を解いて、門を出た。
そして数分ほど街道を歩いて、近くの林の中に入る。そして【認識阻害】と『陰薄』、《透明化》《静音》の魔法を自分に掛けて勇者様を追う。
【俯瞰視】を使っているので追うのは簡単だ。
勇者様に追いつくと、少し間を空けて横の林の中を移動する俺。そのまま十数分歩いていると、前方から複数の人の気配を感じた。右の茂みに三人、その三人から少し距離を取った場所の左の茂みに一人の計四人だ。態々茂みの中に隠れている。
【俯瞰視】を使って奴らの姿を確認する。
右の茂みの三人は右から順に、ナイフ使い、大剣使い、ナイフ使い。左の茂みの奴は弓使いの様だ。
盗賊か? にしては町に近すぎる。この距離で犯罪を犯す盗賊なんてそうそういないだろう。居たとすればそれは相当な馬鹿か、捕まらない自信がある奴だけだな。
……ん? よく見たらあの宿屋に居たニヤニヤしていた奴らじゃねぇか? こいつら。
この程度の相手だったら俺がどうこうするまでもないな。勇者様に奴らを捕縛してもらった方が世のため、勇者様のためになるだろう。
だが、万が一にも勇者様に攻撃が当たったら大変だ。携帯ポーションを持っているのは間違いないが、それを使う事となれば勇者様の懐が痛む結果となってしまう。
そう思い、俺は先方に居る勇者様にバフと結界を掛ける。これでよし。
その瞬間、茂みの中から勇者様に向かってナイフが飛来した。それを後ろに跳ぶことで回避する勇者様。
回避する姿も美しい……。
そして茂みを睨みつけて口を開いた。
「何者だ! 出てこい!」
勇者様は抜刀しながらそう叫んだのだった。
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