勇者様の熱烈なファン俺、勝手ながら護衛(?)します! 

ボンジュール田中

第1話 朝食の時

 俺の一日はベットの上から始まった。

 一欠伸しつつ体を起こし、目を擦る。

 魔法で窓のカーテンを開け、日の光を部屋に入れた。


 うん、今日もいい朝だ。


 ベットから降り靴を履くと、俺は机の上に置いておいた部屋の鍵を手に洗面所に向かう。

 そこで顔を洗い、ふかふかの備え付けタオルで拭いてから一階へ降りる。


「ニックさん、おはようございます」

「お、嬢ちゃんおはよう! 朝ご飯食べていくかい? 今日のおすすめはミニクヴェルの唐揚げとラジヘ草のスープ、パンだよ」


 元気よく挨拶を返してくれたのは、この宿の主人のニックさんだ。


 俺の事を嬢ちゃんと呼んだのは、今俺は女性に変装しているからだった。

 ……これでも変装のプロなので、寝ぼけていても変装が解ける事や、口調を間違えることはない。


「はい、じゃあそれでお願いします」

「じゃ、大銅貨五枚ね」


 この宿の料理は少し値は張るが絶品だ。今日で一週間程泊っているが、外れを引いたことはない。

 用事がなければ、あと一週間はここに泊まっていたいと思ったほどだ。


 だが俺には用がある。勇者を見守り、陰ながら助けるという崇高な用が!


 異空間収納リストに目を通してみれば、銅貨は少なからずあるが、大銅貨は一枚も無かった。その代わり金貨や銀貨と言った、より高い硬貨は持っている。

 仕方ない、今日は銀貨で払うか。


「ニックさん、今細かいのがないので銀貨一枚でいいですか? おつりは大丈夫です」


 俺は返事を聞かずしてテーブルの上に銀貨一枚を置き、俺は食堂に向かう。

 後ろでニックさんが何かを言っているが、聞こえぬふりをした。


 カウンターテーブル席に座り、料理が届くのを待つ。

 頬杖をつきながら、欠伸をしていると。食堂内がざわつき始めた。

 俺は自然と聞き耳を立てる。


「勇者様だ!」

「今日も美しい……」


 食堂内に居た人々が、皆口々にそう賛美の言葉を呟く。

 だが三人勇者様を見るなり、舌打ちしニヤリとした人物がいた。

 こいつは要注意だな。もし勇者様に近付こうものなら——葬ってやる。


 おっと、じっと見すぎては失礼だ。流石にもう視線は外しておこう。


 【俯瞰視】!


 ……その代わりにスキルで見ておく。

 察知系のスキルで強力なものを持っていると俯瞰視で見ていることがバレてしまうが、勇者様はそこまで強力な察知系スキルは持っていない筈である。

 因みに俺の俯瞰視よりも高レベルの認識阻害を持っている場合はその姿は俯瞰視では見えなくなる。まぁ、そんなことはそうそうないとは思うが。


 俺の脳内に新たな視点が追加される。それは勇者様をスキルの文字通り、俯瞰するような視点だった。

 よし、これで勇者様に仇名す者が現れても大丈夫だぞ。


 すると勇者様は俺の方に向かって歩いてくるではありませんか。

 ……あれ? なんで俺の方に寄ってきているんだ? ……自意識過剰か俺。きっと気のせいだろう。


 勇者様の鎧の音が近づいてくる。

 冷や汗を搔き始めていた俺は、頬杖をやめて頭を抱えた。


 すると勇者様の足音がピタリと止まり、椅子を引く音が聞こえた。


 ……うせやん。


 なんと勇者様は俺と一個席を離した場所に座っていた。

 これまでこんなに勇者様との距離が近かったことがあろうか。……いや、ないな。スト――見守りを始めてからここまで物理距離が近かったことは一度もない。


 内心ドッキドッキしていると、ニックさんに声を掛けられる。


「嬢ちゃん、お食事お持ちしましたぜ」

「あ、有難うございます」


 目の前に置かれたのは先程注文した、朝食だった。


 こうなったらガン見したいのを堪えて、朝食を黙々と食べるしかない。


 さて、最初は何から食べようか。この美味しそうな唐揚げからにしよう。

 フォークを手に持ち、一つ目の唐揚げに刺す。

 すると刺した場所から肉汁が溢れてきた。

 これは美味そうだ。自然と口の中に唾液が湧き出てくる。それを飲み込むと、口を大きく開け、一口で唐揚げを頬張った。


 一度嚙むと、肉汁が口の中に溢れた。肉の旨味が口いっぱいに広がり、それはもう東洋のコメが欲しくなるほどだ。

 その代わりにパンを千切り、唐揚げを味わいつつパンと一緒に食べる。


 この唐揚げの甘辛い味付けは恐らく、ベニム草だな。そういえばこの辺の森でも生えているんだっけ。

 よし、今日暇があれば取りに行こう。この味を再現して見せる。

 

 次にスープの器を手に取り、飲み始める。

 ……優しい味だ。御袋が良く作ってくれたスープの味に酷似している。


 なんなんだこの宿の食事は、俺を泣かせに来ているのか?

 あぁ……そうか。使われた材料と味付けが同じなんだ。

 コーンに玉ねぎ、ラジヘ草など。

 前世で言うところの、レタススープに似ているな。


 というかさっきからやたらと、勇者様からじっと見られているんだが……俺マジで何したっけ?

 心当たり全然ないんだが!!


「嬢ちゃん……本当に美味しそうに食べるよな」

「えっ、そうですか?」


 スープを味わいながら悩んでいると、突然ニックさんから声を掛けられる。

 特別表情に意識を使っていなかったので、不意に指摘をされて驚いた形だ。


「あぁ。……勇者様がひもじそうにこっち見てるぜ」

「え……」


 ニックさんは恐らく俺にしか聞こえない声量で言ったつもりだろうが、五感が研ぎ澄まされている勇者様には聞こえていただろう。

 その証拠に干し肉に水とパンという構成のこの宿で一番安い食事を食べている勇者様は、そっぽを向いてしまわれた。


 何やってんだお前ぇ! とニックさんを怒鳴りたいところを我慢して、ニックさんに念話を送る。


『ニックさん聞こえますか?』

「うおっ!?」


 目の前にいたニックさんは突然頭に響いたであろう声に驚き、体を弾ませる。


『頭で言葉を念じるようにして返事してください』

『こ、こうか?』

『そうです。ちょっと習得速すぎませんか? それはいいとして……もう一枚銀貨を払うので、勇者様にも私と同じ料理を用意してください』

『あー優しいな嬢ちゃん。いや、払わなくていい。さっきの銀貨のおつりで代金は丁度だ。嬢ちゃんがまた払う必要なんてねぇ』

『有難うございます』

『おう』

『あ、後勇者様にはニックさんの奢りだと言っておいてください』

『え?』


 俺がニックさんに目線で訴えかけると、『あぁ、分かったよ』と言って厨房に歩いて行った。

 そこで俺は念話を切る。


 そしてまた食事を食べ始めた。

 いや本当にこの唐揚げ美味いな。


 俺は毎日のように勇者様の見守りをしているから知っているが、やはりこの町の住民にも旅人にも閃光の勇者様の貧乏さは周知の事実らしい。

 周りの席に座っている、この宿に朝ご飯を食べに来ている住人や、この宿に泊まっている人が勇者様が貧相な食事をとっていることに疑問一つ持った顔をしていない。

 

 

 勇者様はなぜそんなにも貧乏なのか、本来勇者様ほどの実力があれば高級宿に泊まっていてもおかしくないはずである。

 貧乏なのには理由があった。それは、行く先々にある孤児院に多額の寄付をしているからだ。その他にも色々ふか~い事情がある。


 あぁ……勇者様、なんて聖人のような御方なのだろうか。

 己を顧みず、見知らぬ他人の為に依頼を受けるお姿には、何度感服させられたことか。


 俺がそう思いに浸っていると、勇者様の元に料理が届いたようだ。


「……これは?」

「俺からの奢りだ。たんと食べな」


 勇者様はそう聞くと、生唾を飲み込む。その音が俺の地獄耳まで届いた。


「そんな、頂けません」

「……今日、この町を出るんだろ? 腹が減ってはなんとやらだ、そんな事言ってねぇで、食べな。それに、一度客に出しちまった料理は、衛生上他の客に回したくねぇんだ」

「……有難うございます」


 勇者様は深々と頭を下げ、食べ始めた。

 いやはや、ニックさんの押しの素晴らしいこと。あそこまで言われると流石に食べないっていうのも勿体ないしな。ナイス、ニックさん。


 俺はそう思いながら、最後の一口を飲み込み、ニックさんに声を掛ける。


「ニックさん、ご馳走様でした」

「おう、そういえば嬢ちゃんも今日、チェックアウトだったな。気を付けて行けよ」

「はい、有難うございました」


 俺はそう挨拶を交わしながら、部屋の鍵を渡した。

 そして宿を出る。


 そこから少し歩き、人気のない路地に入ると転移魔法陣を発動させた。


 その瞬間俺は森の中にいた。



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